よく晴れた昼下がり。空がとても青く澄み渡っていると言うのに、ビル建設の工事現場から耳障りな騒音が鳴り響く。 その騒音の中で、男達は汗水垂らしながら働いている。 よく見ると、その男達に紛れて若い女性が一緒になって働いている。 顔の容姿は人の好みによるが整った方で、右目下に泣きぼくろがあった。 長い髪の毛もヘアバンドで後ろに留め、仕事の邪魔にならないようにしている。 服装は作業着であるつなぎ服の上部を脱ぎ腰に結び、上半身には黒いスポーツブラとリストバンドといういかにも肉体労働向きの格好をしていた。 一見すると本当に男性肉体労働者にも見えてしまいそうだが、その女性特有の豊かな胸のふくらみが彼女が女性だと言う事を知らしめている。 だが彼女の腕は共に働く男性と比べれば細いが、それでも筋肉を纏っている。 彼女は重たいセメントの袋を一人で2袋も肩に乗せ運んでいた。 「いやぁ董子ちゃんは凄い力持ちだよねぇ」 作業員の一人が彼女に声をかける。 「ありがとさん」 彼女が手短に礼をする。 それを見て他の作業員も声をかける。 「いやいや、董子ちゃんは女の子なんだから。力仕事は俺達男に任せてくれよってことさ!」 「ハハッ!逆に私しか女が居ないからさ、皆に負けねぇように張り切ってるってことさ!」 彼女は笑いながら答えた。そう言ってさらにもう一袋肩に乗せ始めるのだった。 他の作業員達もその様子をみて集まってきた。 「でも董子ちゃんは俺達のアイドルなんだからねぇ、もう少し女の子っぽくしてほしいなぁ」 「おいおい、もしかして私に色目使ってるのかぁ〜?わたしゃまだ女子高生だぞ〜?変な眼で見てたら承知しないぞ〜?」 作業員達は照れ隠しするように笑っていた。彼女もつられて微笑む。 「董子ちゃんは19歳じゃないか〜女子高生って言うのもどうかと思うぞ〜」 「良いじゃないのさ、定時制高校通ってるんだからさ、ジューブン女子高生だって!」 「女子高生なら女子高生らしくしたら?最近のJKみたいにエンコーでもしたら?」 「ちょっと!女子高生らしくないからって女の子に面と向かって言う事じゃないでしょ!」 そういってアカンベーをしてそそくさと仕事に戻った。 その様子を仕事仲間の作業員達は笑いながら見ていた。 「…良い子ですよね。」 「あぁ、うちのカカァの若い頃見てぇだ。」 「一人暮らしでここで働きつつ勉学に精を出す…本当に働き者だなぁ」 「きっと良い嫁さんになるだろうね。」 「だけど借金があるんだってな…可哀想に…親が夜逃げしてから彼女が背負ってるってな…」 「…」 皆の間に少し沈黙が続く。それから各自自分の仕事に戻るのであった。 彼女の仕事が終わったのは6時過ぎだった。 「お疲れさーん」 「董子ちゃん学校頑張ってね」 「はーい」 彼女は作業着のまま荷物を担いで工事現場の事務所を出た。 関係者以外立ち入り禁止の柵を越え、すぐわきの道路を見ると、高そうな車が一台止まっていた。 その車の横には、サングラスをし背広を着た男がタバコをふかしながら立っていた。 男は彼女に気がつくと、サングラスを外し声をかける。 「お疲れ様、董子ちゃん。」 「橋本さん、今日もすみません。」 「いやいや、送り迎えなんて全然苦じゃないからね。さ、乗った乗った。遅刻しちゃうぞ」 そう言って男は車のドアを開け、彼女は颯爽と車に乗り込んだ。 その横に男が乗り込む。二人が乗ったのを確認し、運転手は車を動かす。 彼女は横に乗っている彼を見た。 見られているのに気が付き彼は彼女に視線を返す。 「どうかしたの?」 彼女は少し微笑んだ。 「いや…橋本さんは本当にヤーさんなのかなぁ〜って思ってね」 良く見ると彼の背広には組バッチが付けてある。さらにネクタイには高そうな留め具が。 顔を注意深く見ると眉間近くに化粧で隠した切創もある。 それらの事から外見的に彼がヤクザであることがうかがえる。 「まぁねぇ、普通のヤーさんは自分の所からお金を借りている人を送り迎えしたりしないからね。」 「私はあんたの所から一銭も借りてませんよー」 彼女は頬を膨らませてむすっとした。 「はいはい、でも仕方ないでしょ、俺達が潰した組の借用書に君の家族の名前が書いてあったんだから。 それに借金も半分に減らしてあげたんだし、ね。そんなむすっとしないの。」 彼女はそれを聞いて少し微笑んだが、すぐ下を向いた。 「感謝してますよ…あんなに有った借金を半分チャラにしてもらって…なおかつ授業料も出してくれるなんて…」 それを聞いて彼はタバコを深く吸う。 「普通のヤーさんはそこまでしないな、普通は。でも俺は普通じゃないからな…任侠ってのを一番に置きたいと思っている…。 だから君の境遇に…同情って言っちゃ悪いが、助けてあげたくなっちゃうんだよなぁ〜」 彼女は下を向いたまま笑い始めた。 「ははは!だからいくらヤクザっぽい恰好しててもカタギだと思われてチンピラに喧嘩売られるんでしょ!」 「うるさいなぁ!それになんだよその言い方!俺は正真正銘本物のヤクザだよ!これでも組長だぞ、く・み・ちょ・う! たしかにそこいらのチンピラに喧嘩売られる事はあるけどさぁ…そんなのどうでもいいじゃないか!」 彼女は息を漏らす。 「本当に…あなたの組が借用書を受け取って良かったわ…」 「そりゃどうも、…うちに回ってくるなら…両親も夜逃げしないで済んだのにねぇ…」 その一言を聞いて、彼女は彼の胸を拳で叩く。 「うごっ!」 「両親の話はしないでって言ってるでしょ、バカ!」 「あ…あぁ、スマナイ…でも叩く事はないでしょ。」 「フンだ!」 そうこうしているうちに、車は学校についた。 彼女は車から降りる。 「じゃぁ頑張ってな。終わるまで待ってるから。」 「はいはい、ありがとうございます!」 そう言って彼女は校舎に駆けて行く。 その様子を運転手も見ていた。 「それにしても兄貴…任侠って言ってもちょいと世話を焼き過ぎじゃありませんか?」 「そうか…?」 彼は新しいタバコを咥える。運転席から運転手が彼のタバコに火をつけた。 「へい…、兄貴のお考えは良くわかります。あっしらも兄貴の考えが好きでついて行ってる身ですから… それでもやっぱりここまでやるのはおかしいと思うんでさぁ、借金半分チャラ…授業料を肩代わり… 明らかに他の連中とは扱いが違いまさぁ」 その言葉を彼は覚めた顔で聞いていた。 彼の顔を見て運転手はぞっとし冷や汗をかいた。 「く…口が出すぎました…すみません兄貴…」 彼は煙草の煙を静かに吹く。 「…たしかに…お前の言うとおりさ…なんでかって言わると…いわゆる『保険』って奴だな…」 「保険・・・?」 彼は静かに頷く。 「あの子は何かしら秘めた物がある…何かはわからねぇが…下手を踏むと取り返し付かなくなる気がするのよ… だからそうならないように今のうちから仲良くしておこうってことさ。利益不利益関係なしにな。」 運転手はその話がいまいちぴんとこないのだった。 「それは兄貴があの女に惚れてるって事ですかい?」 「はぁ?」 「そんな、惚れているのがバれたら姉御がカンカンに怒りますよ!」 「誰も惚れてると言ってないだろ!」 「いやいや、ちょっと惚れてるような空気有りましたぜ兄貴」 「だからないって言ってるだろうが!」 車の中で、男二人がギャーギャー喧嘩を始めるのだった。
外はもう暗くなり、授業をやっている教室だけ電気がつき明るくなっている。 その教室の中で、作業着を着て授業を受けている女子生徒が居る事が外からも良く見えた。 少し遠くからでも、目が良ければ見えるぐらい彼女は目立っているのだった。 そんな彼女を、何者かが遠くから見つめていた。 「獅子土董子…やっと見つけたぞ…」 何者かは、そう一言漏らし口に笑いを浮かべるのであった。 〜続く〜 作者:ドュラハン |