第三話 日常


都心から少し離れた位置にある織笠市。

そこには全日制と定時制を開校している鷲峰学園高等学校がある。

獅子土董子と鷹森梓はそこの定時制に通っている。


時刻はちょうど夜の6時過ぎ。定時制に通う生徒たちの登校時間だ。

董子はいつものようにヤクザの橋本に送ってもらい、梓は電車を利用してからの徒歩でこの学校に来ている。


だが、彼女達の友達には少し変わった登校の仕方をしている男女が居るのだった。


今回はその二人に焦点を当てて、彼らの日常を見てみよう。


6時過ぎと言えば全日制の生徒の下校時間であるため、定時制の生徒とすれ違う事が当たり前。

下校中の全日制の生徒が校庭から校門へ向かっている最中、学校の前の道路から大型バイクが校門を勢いよく抜けてきた。

そのバイクを見て思わず驚き変な方向へ避けようとする生徒もいれば硬直する生徒もいる。

はたまた「暴走族が学校に来たのか!?」と思う生徒もいるようだが、このバイクに乗っているのはれっきとした生徒である。

バイクには髪形が短髪ストレートの学ランを着た男と、その後ろに茶色の長髪で黒ぶち眼鏡をかけたブレザーの女の子が男にしがみつくように乗っている。

バイクは校庭横の駐輪場で凄まじいターンを決めてから停止した。

「さてと、着いたぜ咲耶ァ」

「うん、おおきにな松沢くん」


バイクを運転していた男の名前は松沢健太郎、そして後ろに乗っていた女の子の名前は有沢咲耶(さくや)。

二人は家が近いのでいつも一緒に登校しているのだ。言わば幼馴染という奴である。


「松沢くんってホンマにバイクの運転は上手やねぇ」

「まぁな、俺を誰だと思っているんだ?俺は天下の松沢健太郎だぜ!」

「そんな事言って、ベンキョはどの科目もアカンのにねぇ…」

「う…うるせぇなぁ、体育は誰にも負けてねぇぞ!」

「嘘言って、獅子土はんに負けとるやないか」

「董子と俺はライバルだからな、勝つか負けるかって力の均衡感が良いんだよ」

それを聞いて咲耶は軽く苦笑い。

健太郎はその咲耶に少しムッとするがふと腕時計へと目を下ろす。

「ヤベェ、もうこんな時間かよ!授業始まっちまうぜ!行くぞ咲耶ァ!」

健太郎は校舎の方へと猛ダッシュ。

「ふぇ?あ、っと、え?あ…アカン!待ってや松沢君!」

いきなりの事であたふたする咲耶であった。


バイクで校庭に飛び込むように凄い猛ダッシュで教室に飛びこむ健太郎。


「ハッハッハァー!流石俺!2分もかからずに来れたぜ!」


そう言い額の汗を拭い健太郎は教室の中の皆に声をかける。

生徒の反応はそれぞれだが、鷹森梓はにこりと笑い挨拶に応じる。

そんな中健太郎はある席に視線を移す。

その席には獅子土董子が窓の外を眺め座っていた。

健太郎は彼女の方へずかずかと歩み寄る。

彼女も健太郎に気づき彼の顔を見る。


「おぅ董子ォ、今日も仕事帰り見てぇだな、汗のにおいがすげぇぞ」

「…それは私に喧嘩を売ってるのか…松沢」

「さぁねぇ?でも臭ぇとは言ってねぇよ。むしろ興奮する奴ぁ興奮する臭いさ。まぁ俺とか」


董子が眉間にしわをよせ、健太郎を睨みつけたまま動かない。

健太郎も健太郎で董子に睨まれているが全く微動だにしない。

周りから見れば一触即発の空気を漂わせている。

その様子を梓はドキドキしながら見守っているのだった。



董子の右ストレートが健太郎へと飛ぶ。

しかしその右ストレートを健太郎は綺麗にガード。

が、反撃する前に董子の左ジャブが健太郎の顔面を捉える。

健太郎は殴られた衝撃で後ろに倒れこむ。


その様子を見ていた生徒達の感想が次々と聞こえてくる。


「流石獅子土さん工事現場で鍛えられてるだけあって破壊力が凄い…」

「おーい、松沢生きてるかー?」

「松沢を殴った瞬間に揺る胸がたまらんなぁ」

「EかFはあるんじゃないかなぁあの胸」

「オレも殴られたいぜ」

などなど、感想は思春期の男子ならではの感想だったりする。


そんな中、遅れて咲耶が教室に入ってくる。

「はぁ〜間に合ったわ…松沢君走るの早いんやもん、ウチなんてこけてしもたわ」

と、言ってもその健太郎が何処にもいない。

咲耶が周りを見まわすと董子が彼女に向かって床を指さしている。

床には健太郎が大の字でぶっ倒れているのだ。

咲耶は急いで健太郎の傍へと駆けよる。

「あれま松沢君、どないしてこんな所で寝てるん?」

「ね、寝てねーよ…」


これもまた日常の一部である。



一日の授業が終わり、皆帰る支度をはじめていた。

そしてまたもや健太郎が董子の所にやってくる。

「なぁ董子、一緒に帰らねぇか?俺のバイクで送ってやっても良いんだぜ?」

「遠慮しておくよ」

「そんな事言うなよ、俺がハンバーガーでも奢ってやっても良いんだぜ?」

「だから遠慮しておくって言ってるでしょうが」

それを聞き健太郎は何かに納得し手を打つ。

「そうか、董子が俺のバイクに乗るとバイクが『重いよー』って悲鳴上げちまうし、

食べる量も半端ないから俺の財布がスカスカになる事を危惧して遠慮してくれてるのな!」


健太郎にまたまた拳が飛ぶ。

健太郎は見切っていたのか、その拳を最小限の動きでかわす。

次の左ジャブに備えての動きであったが、次の攻撃は下からの膝蹴りであった。

膝蹴りは健太郎の腹部に直撃。

健太郎は腹部を押さえその場に座り込んでしまう。


「次はそれだけではすまないぞ!」

「ぐぐ…の…望むところだぜ…!それでこそ俺の…ライバル!」

そう言い終わると健太郎は座ったまま後ろに倒れてしまった。

その様子を見ていた咲耶が董子の所へ謝りに来る。

「堪忍なぁ獅子土はん、健太郎いっつも獅子土はんにほげた事言いよるからに…」

「いや気にしてないよ。だって健太郎は私と喧嘩する理由ばっかり考えてんだもん。」

「ホンマそうとしか思えまへんなぁ…」

「逆にシカトしたら悪いでしょ。健太郎は喧嘩好きな奴なんだからね。」

「むぅ、直してほしい所ではありますわ」

「っと、私は人を待たせてるんだった。先に帰らしてもらうね有沢さん。」

「さよか、ほなさいなら〜」

「うん、またね」


健太郎が目を覚ました時には、自分と咲耶以外誰も居なくなっていた。

健太郎が体を起こすと咲耶がすぐ横に座り込んで健太郎を見ていた。


「いてぇ〜…ここ何処だァ?」

「何言っとるの、教室だよ。可笑しくなりよったか松沢君」

「糞…まさかあそこで膝蹴りが来るとは…予測できなかったなぁ」

「松沢君、なんで獅子土はんに喧嘩売るん?」

「フン、男は拳で語るのが真の男ってもんなんだよ!」

「まるで北斗の拳のケンシロウやね、男の鏡やで」

「ん?なんか言ったか?」

「な、なんでもないよ!」

咲耶は赤面しあわてて手を振る。

健太郎はその様子に軽く笑う。

「さて帰るか咲耶」

「そうやね」

そう言うが咲耶は視線を下に落とす。


「ん…?どうした咲耶」

「松沢君は獅子土はんの事が好きなの?」

その一言に思わず健太郎は汗を流す。

「え!?いや…何でそんな事になるんだ!?」

「好きな人苛めたくなるんやろ?男の子ってせやろ?男って大体がSやもん。」

「い…いや、それとこれとは関係ないぞ…?」

「獅子土はんの何処がええの?」

「えっと…あっと…好きってわけじゃないんだけどなぁ」


そうは言っているが、彼の視線は咲耶の胸に行っている。

健太郎の視線が自分の胸に行ってる事に気がついた咲耶は赤面しながら胸を隠す。


「お、おっぱいなんやね!」

「い…いやいやいや!そんなわけねぇよ!董子の事は好きでもないし!」

「だけど松沢君、今ウチのおっぱいに視線が行ってたで!」

「だ…だから違うって!いきなり咲耶が変な事聞くから、目線が変な所を泳いじまっただけだよ!」

咲耶は少し納得できない様子であったが、表情が一変し甘えるような顔になった。

「測って比べた事ないけど、ウチのおっぱいは獅子土さんのより大きいで。揉むと柔らかいで」

そう言い腕で自分の胸を挟み、アピールするのであった。

その胸に思わず健太郎は目を丸くして驚き、顔が真っ赤になる。

「うぉ!?な…な…な・・・・・」

健太郎の鼻から鼻血が垂れ、真っ赤になった健太郎はまたまた後ろに倒れてしまった。

「アカン松沢君!どないしたん!?」


喧嘩好きではあるが初心な健太郎には少し刺激が強すぎたのだった。

「あぁ〜アカン…アッチ系の漫画やったら、ここで松沢君がウチの胸をがっつくように揉んで…って何をいっとるんウチは…」

咲耶は咲耶の方で、変な妄想をして暴走しかかっていたのだった。



健太郎が目を覚ますと、時計の針が深夜近くをさしている。

健太郎が体を起こすと咲耶がすぐ横に座り込んで健太郎を見ていた。


「いてぇ〜…ここ何処だァ?」

「何言っとるの、教室だよ。可笑しくなりよったか松沢君」

「てか何で俺こんな時間まで寝てるんだ?」

健太郎は咲耶の少し破廉恥な行動で鼻血を出して倒れた事を忘れてるようだ。

咲耶は思わず赤面したが、本当の事を言うわけにはいかなかった。

「そっそれは獅子土はんの蹴りを受けてぶっ倒れてたんよ」

「くそぉ、そんなにあの一撃が効いちまったわけか…腹筋を鍛え直さないとな…」

「それはええから、もう帰ろうや。大人の時間になっとるで」

思わずその一言に心臓が跳ねる健太郎。

口から出た事に思わずしまったと感じる咲耶。

「い…いや、俺お前とそう言う関係じゃねぇし!さっさと帰ろうぜ!」

「わ…わかったで」



健太郎のバイクは健太郎とその後ろに咲耶を乗せ、夜の街を走り抜けていく。


走り抜けていく最中、咲耶は夜の街に立ち並ぶバーやホテルなどに視線が行く。

そして健太郎に聞こえないように一言つぶやく。

「ウチ…健太郎の事こんなに好きやのに…抱いてもろても文句言わへんのに…」

そう言い深いため息を漏らすのだった。


続く


原文:大正

訂正:ドュラハン