獅子土董子は仕事の帰りにヤクザの橋本に学校まで送ってもらう。
鷹森梓はバイトが終わった後に電車に乗りはるばる遠くから学校へ通う。
学校に着いた董子と梓の二人は挨拶を交わし、授業までの間談笑を楽しむ。
松沢健太郎と有沢咲耶は健太郎の運転するバイクに二人で乗り共に登校する。
二人は一緒に登校しているはずなのだがいつも健太郎が先に教室に到着する。
遅れて咲耶が到着するのだが、到着するまでの数秒間の間に健太郎は董子にノックアウトさせられている。
健太郎は喧嘩好きに加え董子が好きなので、「好きな子を苛めたくなる」男子の癖で董子に喧嘩を売る。
董子は健太郎からの喧嘩を買い、健太郎と董子は拳で語りあう。
しかしいつも女性である董子が健太郎を負かしてしまうのだ。
そんな董子を梓は褒めちぎり、咲耶は健太郎の行動に呆れてため息を漏らす。
それが彼女たちの通うこの鷲峰学園定時制クラスの日常である。
だが…この日常がある人物をきっかけに崩れ始る事にはまだ誰も気がつかないのであった。



市に虎を放つ如し


第四話 崩れゆく日常



「そう言えばさぁ」

董子がおもむろに梓に声をかける。

「どうしたの董子ちゃん?」

「前から思ってたんだけどあずさの腰につけてるそれってマジモン?」

董子は梓の腰に佩かれている刀を指差した。

「えへへー凄いでしょ!これを持ってれば痴漢にも襲われないしね!」

「というか本物なの?怖いなぁ、痴漢は寄ってこないかもしれないけど、代わりに警察官が寄ってくるわよぉ」

「そんなバナナ、竹光の刀だから銃刀法違反にもならないし職務質問されても大丈夫よー!」


本当は竹光(刃のついてない刀)じゃなくて退魔用の由緒正しい日本刀なのだ!サムライソード!

退魔用って言っても本物の刀には変わりないわ。人だって斬ろうと思えば斬れるわ!…あ!冗談よ冗談!


梓は心の中で自分ツッコミをしていた。

「たしかにあずさはスポーツ万能だからねぇ、剣道やってたんでしょ?凄いなぁ」

「へへへ〜そうでもないよー、お姉ちゃんの方が凄かったもん。」

梓は照れっとして頭をかき、董子に言った。

「董子ちゃんだって凄いじゃないのー!いっつも工事現場で肉体労働でしょ?そっちの方も凄いわよ!」

董子は少し悩んだ。

「うーん、でも私のとあずさのだと凄さの度合いが全然違うと思うんだけどなぁ」

「俺にも董子の凄さがわかるぞ!」

董子と梓の会話に、健太郎がいきなり割りこんでくる。

胸を張り自信満々にその言葉を言われたので董子は少し引き気味である。

「どっどこが凄いのさぁ〜、私はただ労働してるだけなんだぜ?」

そういうと健太郎は首を横に振りながら「それは違うぜ」と言った。

その様子に董子は少しムスッとした。

「じゃぁ何が凄いのよさぁー」

董子がそう言うと健太郎は董子の腕を触り始めた。

「これよこれ!この腕と肩の筋肉!うん、良い張り具合だ!男見てぇなこの筋肉!

肉体労働しててもこうはならねぇぞ!そしてこの董子らしさを引きだたせる汗の臭い!こいつはすげぇや!」

そう言いながら董子の腕を揉みつつ、鼻の前で手を仰いでいる健太郎。

もちろん健太郎の行動に董子が怒らないわけなく、彼の行動中も彼女は怒りのボルテージを上げていたのだ。

「健太郎ー!ヤバイヤバイ!」

梓が注意したが時すでに遅し、健太郎が別の物を揉む手つきで揉んでいた腕から強力な裏拳が炸裂した。

健太郎は董子の腕を掴んだまま、その場にぐらりと崩れ落ちた。

「…腕を離さないなんてドンだけ私の筋肉触りたいんだよ…」

董子の彼を見る表情は可哀想な人を見る憐みの目だった。

そこへ咲耶が身長とは不釣り合いな胸を弛ませながら近づいてきた。

「もう健太郎ってば!まいどまいど獅子土はんに迷惑掛けて!」

そう言い健太郎の腕を董子から離す。

「いいよいいよ、いっつもこうだもんなぁ健太郎はさ。日常茶飯事でこれなんだから。なんていうか、これが無いと健太郎じゃないって言うか」

確かに、という表情で梓も頷いた。

あまり彼女達に関わらないクラスメイトの男子達も密かに頷いていた。

「あの健太郎をKOする時のパンチの衝撃で揺れる胸が何とも…」

「いやいや、あの胸の下は胸筋だから張りがあるはず…パンチの衝撃ではなく出す瞬間の肩の動きに連動して動いているんだ!」

「ななななんだってー!?と言う事は獅子土さんのあのスポーツブラの下にあるおっぱいはロケットおっぱいか!?」

「てめーら聞こえてるぞー」

董子は微笑みながら渾身の力のこもった拳をその男子達に向ける。

男子達は健太郎の二の舞にはなりたくないので黙ってしまうのだった。

彼らの会話を聞いてムスッとするのも咲耶の日課ともいえるかもしれない。

(おっぱいの大きさはウチの方が凄いと思うんになぁ…)


そんなこんなこのクラスの日常が繰り広げられていると先生が教室に入ってきた。

「こらこら、日課とは言えまーた健太郎がぶっ倒れてるじゃないか。誰か早く起こしなさい。」

咲耶が健太郎の頬をペチペチと叩き起こした。

起こされた健太郎は一瞬周りをきょろきょろし、先生と目があった事であわてて自分の席に着くのだった。

先生は咳払いし言った。

「定時制もちゃんとした学校なんだから少しくらい規律を守り清く正しく生活してほしいんだがな、

それに転校生が来たんだ。恥ずかしい所見せないでお手本になるようにしろよ。」

クラスがざわつく。

それもそうだろう、定時制の学校に転校生とは珍しい。いや、転校生と言うよりは転入生と言えるかもしれない。

「転校生か〜、こんな定時制高校に転校してくるったぁ健太郎や他の連中みたいに頭が糞悪いか、私や有沢みたいにビンボーって事だろうね。」

「おーい董子、こんなとはなんだこんなとは、この学校が嫌なら止めりゃいいじゃないか」

先生がムッとして口答えする。それに続き

「なによー董子ちゃん!私そこまで頭悪くないわよ!失礼しちゃう!」

梓もしかめっ面しながら口答えした。

しかし口答えするのは先生と梓だけで、生徒達で董子に口答えするのは居なかった。

なんだかんだで、董子の腕力はこのクラスでスケ番を張れるほどのものなのだ。

周りの生徒は健太郎のように殴られたくないので黙っていると言う事だ。

咲耶に関しては、的を射過ぎているため反論が出来ないのだった。

健太郎はというと、心の中でちくしょうと思いつつも、後でなんて悪口を言い返してやろうか考えているのだ。

梓は性格的にも口答えする性格だから仕方ないのだ。

性格もあるが、梓は董子と信頼関係があるから少し変なこと言っても大丈夫だと思っているのだ。


「………先生……私は……?」

ドアの影から覗き込む人が居た。

先生はその人を見てあわてて教室の中に手招いた。

教室に入ってきたのは、高そうな赤いチェックの明るい洋服を着た女性だった。

髪の毛の長さは肩に少しかかる程度であったが、前髪が目にだいぶかかるほど長く、先がパッツンと切られている。

その髪の毛がかかっている目は大きなクマが出来ており、服装とは裏腹に性格が根暗だと言う事を物語っている。

スタイルはスラッとスマートで、胸は控えめな方だが大人の魅力を放っている。

「え〜、南陽子さんだ。中卒でOLをされていたそうだが高校、大学と勉学に再挑戦と言う事で転校…転入して来てくださった!

皆仲良くするんだぞ!」

一応書くが定時制なので様々な人が居る。

董子のように工事現場で働いている人も居れば、家がタコ焼き屋の子も居たりと、バラエティーに富んでいる。

なので元OLが入ってきた事に驚くような人はいない。

だがこの時は少し違っていた。

董子の額には嫌な汗が出ていた。そして梓は眉間にしわを寄せていた。

董子は自分の拳を握りしめ震えを抑えていた。

(ちょっと…!何震えてんだよ私の腕!あの子がなんかあるって言うの!?わかんないよそんなの!

私や梓の仲が引き裂かれるとでも言うの!?あの子が何かしでかすわけでもないのに!なんでよ!)

董子は無意識に汗が出たり震えたりする自分に自問自答し頭をゴツゴツと叩くのだった。


あの子…一瞬……いや…きっと何かあるはずね…。もしかしたら学校でこれを使う事になるかもねぇ…


梓は梓で、南陽子から何かを感じ取り、腰に佩いている刀をなでる。


「さぁ南さん、皆に一言。」

先生がそう言っても南陽子はボーっと遠くを見るような目をしていた。

しばらく沈黙が続いたが、南陽子は口を開いた。

「…………………よろしく……………………」

南陽子の挨拶はその一言と頭を軽く下げるだけだった。

それから先生の指示で南陽子は席に着き、授業が始まった。


授業中は授業中で授業前とは違った日常が起こるのだ。

授業内容が全く分からず頭を抱える健太郎の悲鳴やら梓の悶絶が聞こえてくる。

健太郎には咲耶が、梓には董子が教えてあげるのがこれまた日常なのであった。

梓に教えている最中、董子は誰かに見られている事に気がついた。

貼りつくような視線を送る先を見ると、そこには南陽子が座っている。

董子は先ほどのよくわからない嫌な気分がまだ晴れなかったため、南陽子を睨みつける。

陽子はそんな董子を先ほどと変わらぬ目で見続けているだけだった。

董子は更に強く陽子の目を睨みつける。

だが陽子の目は暗い闇のようで光が一切宿っていない。まるで死人のような眼であった。

睨み続けていたらこちらがその目の闇に飲み込まれてしまいそうな、そんな暗い眼であった。

思わず董子は唾を飲み込む。

その飲み込んだ唾は思いもかけず大きな音が鳴った。

董子に勉強内容を教わっていた梓にはよくその音が聞こえた。

梓は何事かと思い、董子の見ている先を見つめる。

その先に居るのが南陽子だったため、梓は少し警戒するのだった。


時計の針が10時半を回ったところで授業が終わった。

授業が終わったところで健太郎が董子の所にやってきて一緒に帰ろうと誘う。

ここまではいつも通りであったが、ここでいつもとは違う事が起こった。

「………獅子土…………董…子…さんでしたっけ………」

なんと転入生である南陽子が董子に話しかけてきた。

「あ、あぁ、そうだけど…どうしたんだい?」

董子は少し緊張気味だった。理由は言わずもがな、自分の身が何か南陽子にあると訴えていたからだ。

そんな董子の緊張を知ってか、南陽子は深く頭を下げた。

「すみません…………私………すごい目つき……悪くて……さっき…見てた時も…なんか嫌な気持ち…させちゃったみたいで…

本当に………申し……訳ないです…………」

その言葉を聞いて董子は胸をなでおろす。

こんなに丁寧な人に何わけのわからない恐怖心を抱いていたのかと、一瞬自分がおかしく思えたのだ。

「なんだ、さっき私が睨んだ事かい、気にすんな!転入生だから、少し警戒しちゃっただけさ、咲耶みたいだったらどうしようって」

そう言って咲耶を指差す。

「んなアホな!なんでウチを指差すん!?」

「この前なんか危ないような漫画描いてなかったっけ」

「あれは入稿日が近づいてたから仕方なかったんや!堪忍な!」

その様子に皆笑っていたが南陽子は一瞬も笑わない。

「…獅子土さん………すこし………お話したい事が……………あるんですが………お時間は……?」

それを聞いて董子は外を見る。外の道路には橋本が車を止めている。

橋本を少しまたしていても問題ないだろうと董子は考え、南陽子の要求に承諾した。

「そうですか………しかし…………皆さんの前で……話すことでは…ないので…他の教室で……」

そう言って董子を廊下に誘う。南陽子に誘われ董子は廊下にでる。

董子が出たその時、どんな時も笑っていなかった南陽子が少し微笑んでいる事に梓は気がついた。

梓が南陽子に声をかけようとしたが、もう二人とも廊下に出てしまった後であった。


さっき彼女は笑っていた…!?本当にまさか…いや、私の思い違いかしら…


梓の胸に不安が募る。その時、クラスの一人が言った。

「あれ?南陽子さんって、なんで獅子土さんの名前知ってたんだ?」

梓は目を見開いてその言葉の方を見た。

「え?先生に当てられたんじゃないの?それか自分で自己紹介したんじゃない?」

その言葉を聞いた瞬間梓は教室を飛び出した。


董子ちゃんは先生に当てられてもいないし自分から名乗ってもいなかった!と言う事は…!


梓は暗い廊下を全速力で走る、董子たちの向かった方に。


董子と南陽子は理科室に来ていた。

暗い理科室は不気味な雰囲気が漂っている。肝試しにはもってこいと言う感じだ。

「こんなところに連れてきて…話っていったい何?」

董子がそう問いかけた瞬間、暗い理科室の暗闇の、南陽子の居る辺りの暗闇が、更に暗さを増したように見えた。

その暗闇の変化に気がついた瞬間、董子の背中から汗が噴き出した。

何かが向かってくる!そう董子は身の危険を感じ、今いる位置から後ろに一歩跳んで離れた。

が、次の瞬間、彼女のスポーツブラが何かによって引きちぎられたように破れた。

「なっ!」

董子は思わず声を上げる。が、胸を隠す余裕はなかった。

何故なら南陽子の周りの暗闇は「暗闇」であって暗闇でない「何か」であり、董子はそれに恐怖していたためだ。

足がガクガクと震え、顔にも汗が滴り、彼女のその豊かな胸にも汗が滝のように流れていた。


「ゲハハハハァ! 良いのかァそんな乳牛みてェなデッケェ乳房を隠さんでもよォ!オイ!」

南陽子の方から、漂々とした声が響く。

董子は南陽子の周りの暗闇を目を凝らして見つめた。

「おィおィおィ!そこじゃねェぞ!コッチだコッチィ!ヒヒッ!」

南陽子のすぐ横の暗闇に、鋭く黄色い目が二つ浮かび上がった。

そしてその目の下のあたりの暗闇が、ガパァっと不気味に開く。

その開いた空間が、まるで鋭い牙の並んだ口のようであった。

董子はその不気味な物を、わけがわからず見ているだけだった。

暗闇に出来た口のような所が、本当に口のように動き始める。

「ヒャッヒャッヒャ!そんな驚かなくてもよォ!なァ!し・し・ど・と・う・こォ!!」

「……………暗男……………黙って…………」

董子は意を決して問いかけた。

「一体何なんだ!あんた化け物だったのか!?目的が私だと言うつもりか!?」

暗闇に浮かんだ目と口はニタァという表情を作った。

「そぉ言うこたァ!本当はもう少し他の連中も見つけてからにしよォと思ったんだけどなァ!

他の連中を探すよかァ、既に見つけてる奴の口を割らせた方が良いと思ってよォォオオオ!」

董子がそれに反論しようと思った時には既に、暗闇が董子を包み込み、彼女の体をギリギリと締め上げる。

そのまま董子の体が空中に持ち上がり、天井に押しつけられた。

「………暗男は……エッチだから………変な事……される前に……教えなさい………」

それに答えようにも暗闇が董子の口を塞いでいる。

「陽子ォ!言いたくねェ見てェだから犯っちまうゼェ!!」

「………あの3人に…怒られても………知らないけど………したいならしたら………?」

南陽子は無表情のまま答えた。

次の瞬間、董子を締め上げていた暗闇が董子の体を舐めるようにはいずり回る。

董子が上げれない悲鳴を上げようとした瞬間、その暗闇が何かによって断ち斬られる。

暗闇が董子の代わりに悲鳴を上げる。

「ヒャアアアアア!俺の体の一部がぁァアアアアア!」

南陽子の顔が少し痛みによって歪む。

暗闇が斬られた事によって董子の体が天井から床に叩きつけられる。

董子が顔を上げるとそこには梓が鞘から抜かれた日本刀を持って立っていた。

董子は思わずぎょっとしたが、そんな董子に梓はいつもの顔で頬笑んだ。

「大丈夫だよ董子ちゃん、私が来たからにはもう大丈夫!安心して!」

「あずさ…貴方は一体…!」

梓は南陽子の方をキリっと睨みつけて言った。

「私の一族はアレみたいな悪しき魔物を代々退治してきた退魔の一族なんだよ。」

そんな梓に南陽子はまだ見せていない怒りの表情を見せた。

「………………ッ!………まさか………あの人が見つけた………退魔の剣士が来るなんて………!」

南陽子の怒りに合わせてか、暗闇に浮かぶ目と口もまた同じように怒り狂った表情を見せた。

「上等だァッ!二人ともぶちのめして犯して他の事を吐かせるだけよぉオ!」

暗闇に浮かぶ口がガバァっと開く。それを見て梓も刀を構え直す。

「待ってて董子ちゃん、逆にこいつをぶちのめすから!」

董子は茫然と梓を見ていた。

梓を見て董子は震え始める。

(何故…!?何故なの!? せっかく助けに来てくれたのに…!どうして!?

何故私は…助けてもらったのに…!! 体を弄ばれそうになったのを救われたのにどうして…

どうして…どうして…どうして…!! 何 で 私 は あ ず さ に 殺 意 が 沸 く の よ !)


日常が崩れ始めた。


続く


作:ドュラハン