市に虎を放つ如し





当たり前だった彼女たちの平和な日々。

しかし、そんな日常はある人物との出会いによって崩れてゆく。

運命に翻弄されていく少女たち。

はたして、この物語はどう転がってゆくのか。


市に虎を放つ如し

第五話 決戦・退魔の剣士と影使い



夜の学校の理科室。時刻は十時半ちょっと過ぎかな。
さまざまな薬品のニオイが充満するこの部屋には、正直あまり慣れられない。
あたりは真っ暗闇。月すらも雲に隠れて、窓からも光がさほど入らず、薄らぼんやりとしかモノを確認できない。
でも、この暗闇は人工的に生み出されたものだけではないというのはアキラカ。

「――驚いた………わね……… まさか…あなたが……来るなんて……」

闇の向こうから女の声が聞こえる。
ゲッコウから冷静を取り戻したその声からは、単に驚異よりも憎悪と取れるようなものをびしびしと感じた。

「ゲヒャヒャヒャヒャァ!!だがナ、二人そろったおかげデ、こっちの手間も省けるってもんダァ!!」

今度は飄々とした男の声が飛んでくる。
さっきから感じられる殺気は間違いなくこのオトコのものだろう。…あ。ダジャレじゃないよ。
その声に付け足すように女は言う。

「闇の中は……私たちの…もっとも得意とする……状況…。あなたに、見切れるかしら……?」

目は暗闇に慣れ、前方にたたずむ女のスガタをとらえる。
目にかかる長さで切りそろえられた前髪。
彼女の性格を印象付ける目下の大きなクマ。
高そうな赤いチェックの明るい洋服。
胸は控えめなものの、その抜群なスタイルは男性をひきつけるだろう。
そう。それはほかならぬ――

「南陽子… そして、影のオマエ!」
「ゲハハハハハハハァ!! 俺は暗男だァ!! よォォ〜〜く覚えときナァ!」

南陽子の頭上の空間の暗闇から、鋭く黄色い目、そして大きな口が現れる。
暗男…といったかな。これが南陽子に会ったときから感じていた違和感の正体のハズ。
カノジョをはじめてみたときから、このヒトには何かあるとは思っていたけど…、
やっぱり、このヒトも魔物だったのだろうか。…でも、今まで戦っていたのとは違う感じもする。

「あずさ… これはどういうことなの? それに、退魔の一族って…」

そして隣には董子ちゃん。
でも、そこにはいつもの強気なカノジョの姿はなく、
暗男によってスポーツブラを引き裂かれ、たくましい両腕で胸を隠して震えている。
このままだとカゼを引きかねない(問題はそこじゃないと思う)から、
とりあえずあたしはブレザーを脱いで彼女に着せてあげることにしました。
今のあたしの服装は、ブラウスの上にベージュ色のセーター。胸にはお姉ちゃんが通っていた高校の校章が縫われている。
これもお姉ちゃんのおさがりだよ。…って、今はそんな話をしている場合じゃないね。

「前者についてはわからないけど、後者についてのセツメイは後。…まずは、アナタたちをぶっ倒してからよ!」

あたしは構えた日本刀、『鷹守宗孝』(たかがみむねたか)の切っ先を南陽子に向けて叫んだ。
これ以上あなたたちに董子ちゃんを… 傷つけさせはしない!!
董子ちゃんをかばうように、ゆっくりと二歩ほど前進する。

「あァ?言ってくれるなァ!!茶番は終わりだァ。そろそろ行くゼェ… 陽子ォ!!」
「…………ええ」

暗男の言葉に、南陽子は軽くうなずいた。
それを聞いたあたしと董子ちゃんはさっと身構える。

「あずさ、影のアイツには気をつけて。わかってると思うけど、暗闇を自由に移動できるみたいだ。」

董子ちゃんは小声で言う。

「うん。ありがとう、董子ちゃん」

再び前を向き、南陽子の動きに全ての神経を研ぎ澄ませる。
指先の一本一本でも、どんなわずかな動きをも見逃さないように。
最適なタイミングを狙うには、相手のドウコウを瞬時に察知しなければならないんだよね。
だけど、なかなか攻撃を仕掛けてこない。相手もこちらの出方をみているのだろうか、と思ったそのときだった。

ドスッ

「きゃぁッ!?」

鈍い音と、董子ちゃんの声が聞こえた。

「董子ちゃん!?」

あたしはほぼ反射的に叫んだ。
振り向いたけれど、すでにカノジョの姿はない。
数秒遅れて、ドガシャン!と後ろで何かがぶつかったような音が響く。
まさか攻撃がきたというの…!?南陽子はあの影に指示を出していなかったはず…

「よそ見してる場合かヨォ?」
「!!」

耳元で聞こえた暗男の声。
考えるよりも先に体が反応し、体を翻してバッ!と刀を横に薙ぐ。
でも、その一振りはむなしく空を切る。

ドグシャッ!

「ぐっ…!?」

直後、腹に何か硬いモノが猛烈なスピードで食い込んだ。
それはあたしの体を貫こうとしているのかと思うほどの力がこめられている。
あたしの体は宙を浮き、くの字に折り曲がった状態で棚に突っ込む。

「がぁぁぁぁぁっ!!あぁぁあぁぁぁぁああ!!!」

棚を破壊し、試験管やフラスコなどのガラス片がぶちまけられた。
硬い拳のようなモノはなおも直進を続け、あたしの内臓や骨を圧迫する。その痛みに耐え切れず、叫び声をあげる。
肺の空気がすべて吐き出され、ノドにすっぱいものがこみ上げてきた。
数秒間押し付けられた後、ようやく硬いモノの力が消え、全身の力が抜けたあたしはそのままへたり込んだ。
この服に防護の術式が施されていなかったらマジで死んでたかもしれない…。

「…と、董子ちゃん…、は…」

力なく首だけをゆっくりと隣に向けると、そこには口から血を流して横たわる董子ちゃんの姿がある。
一瞬ぎょっとしたけど、幸い息はあるみたい。多分、棚とゲキトツしたショックで気絶したのかな。
それにしても参ったなぁ… 暗いとまったく攻撃が見えないね。明かりをつけられればいいんだけど…。
でもこれで南陽子と暗男は完璧に思考がドクリツしているのはわかったかも。合図を送っている様子はなかったしね。

「どうしたどうしたァ!?テメェはオトモダチを守るんじゃァなかったのカァ!?傷つけないんじゃなかったのかカァ!?
 いきなり失敗だなァオイ!!こりャア傑作だァ!!ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

暗男は大笑いする。
南陽子はじっと動かず、ただ冷めた目であたしを見つめていた。

「……………もう……終わり……?意外と…たいしたこと…ない……のね……。」
「…冗談、言わないでよね…」

一撃でぼろぼろになった体にムチをうち、のろのろとあたしは起き上がる。
体のところどころが熱を持ち、じんじんと痛みがする。こ、これはまだ、ダメージのうちには…入らないよ…。
服についていたガラス片や木屑がばらばらと床に落ちていった。体から滴り落ちる赤黒いモノとともに。
そして、刀を構えなおしてにっと笑う。

「あたしは…まだまだ、戦える…! さぁて、オトシマエ、つけさせてもらうよッッ!!!」

ざっ、と床を蹴る音のみを出したその瞬間、一気に南陽子との間合いを詰める。
無風の教室にビュオォッ!と風が発生した。本気を出せばこんな超スピードも出せるのだよッ!
ダンッ!!と踏み込んだ右足には傷口から血が噴出すほど大きな力をこめ、
刀を振るうモーションに入る。この間はごくごく一瞬。どれだけ目がよくても追うコトはできないだろう。
しかし、驚くほど表情を変えない南陽子がほんのちょっと口元を緩めた気がした。
そんなことは気にも留めず、あたしは刀を振る。
まずは南陽子にダメージを与え、その隙に暗男を――

ガキィンッ!!

「!?」

刀は空中で何かにぶつかり、動かなくなった。ちょうど、人間が一人分くらいの空間。
ギガガガガ…と金属のこすれあう音がする。これは…、刀!?
その後、ガキッ!と得物をはじき、後ろに間合いを取ってから刀を構えなおす。
南陽子の前に現れた『何か』はまたしても影だった。やはり暗くて確認しづらいけどね。
しかし目を凝らしてみると、刀の構えかたといい、そのたたずまいは…
え?これって、もしかして…。

「あたしの…影…!?」
「チッ、やはり気づいたかァ」

暗男がつまらなそうに舌打ちする。
そこに南陽子がご名答、とつけたし、

「これは…あなた自身の影……。あなた…そのもの…。あなたの……動きは…見させて…もらったわ……。
 それを元に…、この……私の…観察力と……暗男の…能力を……合わせて…生み出した……ものよ……。」

ほとんど一方的にやられていたけどね。

「まァ、そういうこったナァ!テメェの能力はまるまるコピーしたんだゼェ…、退魔の剣士だろうがナンだろうガ、自分自身に勝てるワケァねェだろォ!?」

行きナァ!と暗男が合図すると、あたしの影はドッ!!と加速してあたしめがけて踏み込んでくる。
その勢いに負けじとあたしも影に向かって床を蹴る。刃と刃がぶつかり合った瞬間、周りの空気がはじけ飛ぶ。
それはイスを吹き飛ばし、さらには窓ガラスをも震わせるほど。説明が遅れたけど、術式のおかげで、本気を出せばフツウの人間以上の力が出るのだよ!
あたしたちは、ちょうど理科室の真ん中あたりでつばぜり合いを起こしていた。

「むむぅぅ…ッ。さすがはあたしの影…、やっぱり力はすごいんだね…っ!」

体を大ケガしていることもあってか、ちょっぴり力負けしそうになるかも…。
何も語らない影はそのまま刀をはじき、いったん離れて、また踏み込んで猛攻を仕掛けてきた。
ガキガギギギガゴガギギギ!と、某サイボーグ的な忍者ばりに刀を振り合う。それは耳をつんざくようなすさまじい音を響かせた。
その斬撃によって、机やさっきの衝撃で転がったイスがとばっちりを受けて斬り刻まれいる気がしないでもないけど気にしない。

「オイオイオイ!これァ、すげェ攻防だゼェ…」
「………えぇ」

まさかここまでとは、と思う暗男に南陽子は無表情でうなずく。
だがナ、と暗男は言うと、

「いつまでも決着がつかねェのは面白くねェよなァッ!!」

闇に浮かぶ大口がにやりと笑う。
壮絶な斬りあいを続けるあたしたちの元へ影が伸びて行くのが見えたと思った瞬間、
オラァ!!という声とともに、右のわき腹に強烈な一撃を放たれる。

「が…はぁッ!?」

一瞬息ができなくなる。右足が浮き、体が左に大きくバランスを崩す。まずいっ!倒れるっ!
あたしの影はそのスキを逃さず、刀を振り下ろしてくる。当たればあたしは真っ二つにされてしまう!

「やばっ…!」

倒れ掛かったひょうしに右腕で受身を取りつつ、
左手でとっさに刀の鞘をつかみ、影の右腕にばしっと当て、攻撃を受け流す。
あたしの影もまたバランスを崩した瞬間、霧が散るように消えてなくなった。

「………時間切れの…ようね…。」

どうやら、この『影写し』(命名:あたし)には制限時間があるのかな…?
てか、ま、まずい… いちど動きを止めると、どっと疲れがあふれてきた。
仰向けに倒れこんだままの状態で、ぜぇ、はぁ、と息を切らす。体に無理をさせすぎたなぁ…。
流れ出る汗は傷口に触れ、悶絶しそうになるほどの痛みが襲い掛かってくる。
ここまで追い詰められたのは、正直初めてかもしれない。もう立ち上がる気力さえ鮮血とともに流れ落ち、
カドの出血によって意識もだんだんと薄れてくる…。お姉ちゃん…、あたし、もう――

「オイオイオイオイィ!!休んでるヒマなんてねェゼェェ!!」

飄々とした暗男の声にあたしははっとする。
そうだ。そうだよ!こんなことに音を上げていてはいけない…。
そんな気持ちじゃあ、董子ちゃんを守ることはできないんだ!

「…ふぅ。ちょっとだけ…寝転んだら…、案外、すっきり…したよ」

あたしは立ち上がろうとして、ひざを突いてしまう。セキとともに血の塊を吐き出した。
数十キロのオモリをぶら下げたように、体は重い。
もうすでに体に蓄積されたダメージは大きいことを物語り、フツウなら立ち上がることはできないだろう。

「くるんなら…、何度でもきなよ…」

それでもあたしは立ち上がる。強く歯を食いしばり、視力を尽くして耐える。
悲鳴を上げ、痛みに震える体を制し、あたしは叫ぶ。

「アナタたちには、絶対に負けないから!!」

内臓が震えるほど大声を上げ、あたしは矢の如く南陽子へ向かっていった。



…。


「(う…、ん…。)」

うつぶせのような状態で目を覚ます。…私は気を失っていたみたいだ。
次に、後頭部と腹部に鈍い痛みを感じる。そうだ…、私はあの影に殴られて…!

「そうだ、あずさは…」

立ち上がろうとして右手を床に置く。すると、手が生暖かい何かにぬれるような感触があった。
何だろう、と思って私は自分の手を見る。この赤黒い液体は… …!?

「これってまさか… 血じゃないの!?」

それに気づいたとき、あたりに充満するにおいは薬品だけではなく、鉄臭いものが混じっていることを感じ取った。
私は立ち上がって理科室の周りを見回した。破壊された棚、斬り刻まれた机や椅子、そして、壁に飛び散った血液…。
それが物語るものとは。

ズドォォォン!!

突然響いた轟音に私は耳をふさぐ。
その音が聞こえたところ…、教室の前のほうをみつめると、
いつもは先生が授業を進めている教壇が跡形もなくなり、そこには血だらけのあずさが仰向けに倒れていた。
そして、こちらに背を向けて立つ南陽子とあずさを見て大笑いする影の化け物―― 暗男。

「なんなんだい、これは…ッ!」

私はその光景に愕然とすることしかできなかった。
さっき助けに来てくれたときの姿からは想像できないほどの大怪我を追っているあずさ。
体中のいたるところから血を流し、もはや虫の息という状態なのであろうか。
それでもまだ、彼女は立ち上がろうとしている。もう体は言うことをきかないだろうに。

「…ッ!!」

ふいに、大波のように押し寄せてきた感情に、私は頭を抱え、床に両膝をつく。思わず叫びそうになるのを、必死でこらえた。
蒸し返すように湧き上がるあずさへの怒り。憎しみ。そして殺意。この思いが私の判断力を弾き飛ばそうとする。
彼女にこの殺意を向ける理由はもちろんない。むしろ、助けてもらって感謝しているはずなのに。いったい、なぜなの…!?

「(い、今はそんなことを考えている場合じゃないわ…。あずさを、助けないと…。)」

幸いにも、(あずさを含めて)こっちには気づいていないみたいね。
何とかしないと。私はもう一度周りをきょろきょろと見回す。

「(くそっ!暗くて何も見えやしないじゃないか。電気がついていればいいんだけど…)」

電気がついていれば何か手助けできるものを探せるかもしれないのに…。…ん?電気?
…そうか、電気だ。電気だよ!電気をつければいいんじゃないか!
多分、電気を消したままということは、こっちからは姿をわかりづらくさせるためだろう。
私が行動を起こそうと思ったと同時に、ふらふらとしながらもあずさは立ち上がった。勝算はまだある!
まだ引っかかったままとれずに残ったわけのわからないこの殺意は、今は無理やり心の奥へと封じ込める。

「(ごめん、あずさ…。もうちょっとだけでいいから耐えて!)」

意を決し、二人が戦うところを迂回するように、全速力で電気スイッチの元へと走る。
力仕事で体力がついたおかげで、走りには自信があるのさ!

「……!? …暗男……!」
「…ゲェッ!!その方向はッ!」
「…董子ちゃん!?」

皆は多分、驚いた表情でこっちを見ているのだろう。やっぱり、あの二人にも気づかれたか…!
切り刻まれた机を飛び越え、ガラス片を踏みわけ、より加速をつける。

「グッ!!この剣士は後ダ!アイツを止めるんだッ!!陽子ォォォ!!」
「………えぇ…!」

無数のムチのような影が私に向かって伸びてくるのがわかる。私を捕まえる気か!?
急いで次の一歩を踏み出そうとしたけど、足は床には付かず、空回りをする。
さっき縛り上げられたように、体を暗闇に包まれ、持ち上げられてしまった。後もう少しなのに…!
私は体をこの野郎!放しやがれッ!

「させないッ!!」

ほぼ一瞬で移動してきたあずさがズバズバズバズバッ!!と影を断ち切る。
悲鳴を上げる暗男と南陽子。
体は宙に浮いたままだけど、断ち切られた暗闇を振りほどき、
拳を振り上げ、叫びながらスイッチへと飛び掛った。

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


…。


視点はあたしのほうへと戻ります。
チカッ、チカッ、と二度か三度点滅した後、蛍光灯は周りを照らし出した。
董子ちゃんの力が強すぎてスイッチ自体は壊れちゃったけど、いちおう電気はついたみたい。
明るくなった理科室はもういろいろとメチャメチャだけどこの際はしかたないね。

「…よ…、よくも…やってくれた…わね……っ……!」

滝のように汗を流し、よろけながら片手で腹を押さえて息を荒げる南陽子が言う。
そしてその後ろには、ついにアキラカとなった影・暗男がいる。それは、血に飢えた狼をそのまま影にしたような姿だった。
下半身といえる部分はなく、直接南陽子の足元から体ができている、という状態。彼女の影自身が暗男そのものなのだ。
暗男、および南陽子はありったけの憎悪をこめた表情であたしたちをにらんでくる。おぉ、こわいこわい。
それをあたしの後ろで見ていた董子ちゃんは鼻をふふん、と鳴らして言った。

「これはつまりアレだねぇ。形勢逆転、ってヤツ?」

その表情には余裕と自信があった。
ぐっ…!と、何も言い返せない南陽子。
しかし暗男は狂ったように笑い始めた。

ギヒ…、ギヒヒヒヒ… ギヒャヒャヒャヒャヒャゲハハハハハハハハハアッハハハハハハハハハァァァア!!!
 まだだァァァァァア!!俺たちはまだ負けたわけじャァねェェェんだヨォォォォォォォォッッ!!!


これ、典型的な悪役負けフラグのセリフっぽいんだけど。
ふぅ、とあきらめの悪い暗男に対してため息を吐く。

「董子ちゃんのおかげで助かったよ、ホントに。でもね。悪いけど、ここからはあたしのシゴト。」
「わかった。頼んだよ、あずさ」

うなずいてから少し後ずさりをした董子ちゃんをちらりと見てから、南陽子たちに視線を戻し、
あたしは刀を構えなおす。

「降参しないのなら、もうフルボッコにするしかないよね?」

格ゲーで言うとファイナルラウンドが始まった。
もはや小細工はムヨウと見て、あたしは正面から突っ込む。

「陽子ォォォ!!影だァ!もう一度こいつの影を作れェッ!もう時間は充分経ったはずダァ!!」
「……わかったわ…、やって……みる……」

鋭い目を血走らせ、暗男が叫ぶ。なるほど、『影写し』(命名:あたし)は前の発動から次の発動までには時間がかかるようね。
南陽子がぱん、と手をたたくと、暗男の体から人の大きさほどある影が分離する。
それは少しずつ形を変えていき…、さっきと同じ、あたしの姿の影となった。
行けェ!と暗男は合図する。影はやはりあたしと同じ格好、同じ速さで突進してくる。
まもなく、刀と刀がぶつかり合い、すさまじい打ち合いが起こる。
そのとき、あたしはふと考える。

「(そういえば、能力もすべてコピーするということは…)」

あたしは一度攻撃をやめる。すると、大きなモーションであたしの影は次の攻撃を構える。
それをはっきりと見たあたしは、

「スキありッ!」

ズバッ!と袈裟切りを放つ。左の肩から右の腰にかけて両断された影は、また霧を散らすように消えていった。

「な…にィ…ッ!?」
「…うそ…っ!」

目を丸くして唖然とする南陽子と暗男。
うん、予想通りの反応だね。あたしは淡々と言う。

「そういえばさっき、『能力もすべてコピーした』と言っていたのを思い出してね」

暗男と南陽子ははっとする。あたしはそのまま続けた。

「ということはさ、あたしのクセもまるまる残っているんじゃないか。って思ったんだよ。
 だから、自分で自分のクセをついて攻撃したんだ。あたしのことはあたしがよく知っているからね」

お姉ちゃんにいつも注意されていたけど、直さなくてよかったなと思ったのは秘密。
そして、あたしはまた刀の切っ先を向け、最後にこういった。

「さて―― アナタたちにはもう打つ手はないんだと思うけど、どうかな? …それでもまだ、やるっていうの?」

最後の一句には嗜虐的な笑みを含んだ表情で放つ。
顔についた血のおかげで、よりその表情は際立つだろう。
南陽子と暗男の背中には、ゾワリと冷たいものを突きつけられたような感触が広がった。
南陽子はその迫力に押され、思わず一歩後ずさりした。

「畜生…ッ!畜生畜生畜生チクショォォォォォォーーーーッ!!!

ぷちん、と何かが切れたような感じがした。暗男が半ば我を失い、大声で叫び、暴れだしたのだ。
南陽子は身振り手振りでそれを必死に制しようとしたが、もはやとめることはできないようだ。

もオォォトサカに来たアァァァァァァッ!!あの3人の言うことなんざァ関係ネェ…!!!
 この小便臭ェメスガキ風情がァァ!!テメェらブッ殺すッ!!今すぐブッ殺すッッ!!
 血祭りにした後もその体ァ弄んでやるゼエエェェェェェェエエエェェェェエエエエッッ!!

「暗男…!…落ち着いて……、私の…言うことを……聞いて……ッ。…暗男……、暗男…ッ!」

グァァアァアア!!という雄たけびとともに暗男が飛び掛ってくる。それこそ、獲物に襲い掛かろうとする獣のように。
これで最後ね。あたしは刀を鞘に納め、腰を落とし、右足を前に、左足を後ろに、右手は柄に添える。
ふっ!と短く息を吐き、飛び掛ってくる暗男を鷹のような目で見据える。
これは抜刀の構え。これぞあたしの必殺!

「電光…一閃ッ!

シュゴッ!!と超速で刀を抜き、その太刀筋は暗雲をかける稲光のごとく、暗男の体をタテに真っ二つにする。
目を見開いたまま大口を開けた半身は、あたしの間を抜けるように横へ広がっていった。
…鷹なのに雷なのはツッコミ禁止ね。

グギャアアァァアアアァァアァアアアアァァァァアアァァァアアアアアアアッ!!!!
「あああぁぁああああああッ…!!!」

声が裏返るほどの叫び声をあげる暗男と南陽子。
あたしも体のダメージが大きすぎたのか、暗男を完全に倒すまでにはいたらなかったようだ。
くっ…!あたしとしたことが…。でも、致命傷を与えることはできた。あたしは刀を納める。

「ゼェー、ハァー、お、ォ、覚えてやがれェ… つ、次に…会うときはァ…、こうは…いかねェぞォォ… ギッヒッヒッ、ヒ…」
もはや半身だけの醜い姿となった暗男は力なくにやりと笑うと、姿を消す。
南陽子の影は普通の影となった。カノジョも今は能力を使えなくなったのだろう。
痛覚は共有しているのか、彼女は片手で壁に手を突き、もう片方の手で胸を押さえながら、血の塊を二、三度吐き出す。
そして顔を上げ、あたしと董子ちゃんの顔を交互に見つめながら言う。

「…獅子土……さん……、鷹森……さん…、…私たちは………、いつか……、
 もう……一度……、あなたたちの………前に………、現れる……でしょう…ね……。
 そのときまで………、首を……洗って……待って…いること……ね………っ!…」

言い終えたと同時に、南陽子はガラスを突き破って外へ飛び出した!
待ちなさい!とあたしと董子ちゃんは窓のそばへ駆け寄って外を見るけど、外には暗闇が広がるだけでもうその姿は確認できない。

「……逃がしちゃったけど、終わったんだね…」

あたしは空気を抜かれた風船人形のようにへなへなと倒れこむ。
それを見た董子ちゃんはぎょっとして大慌てしている。

「あ、あずさ!あんた、顔色がなんか悪いわよ!?なんか尋常じゃなく青いわよ!?」
「…ふ、董子ちゃん…。お迎えが来たようだよ…なんか川の向こうで…、死んだおじいちゃんが…
 手を振ってこっちを見てる…。…今、そっちに行くから……。もう、ゴールしても…いいよね…? がくっ」
「ちょっ…!?あずさ!!返事しなさいよ!!あずさ!?、あずさぁぁーーっ!!」

…そんなわけで。

「――いやぁ、悪いね。応急手当ての手伝いしてもらっちゃって。」

止血バンドをぺたぺたとはりつつ、あたしは笑顔で命の恩人に御礼をする。
董子ちゃんは頬を染めて目をそむけ、照れくさそうに頭をぽりぽりとかきながら、

「いいんだよ。むしろお礼を言いたいのはこっちだってば。…でも、あんたブレザーの中にいつもこんなの入れていたのか?」

てか、どうやって入れたのよ。と董子ちゃんは床に置かれた包帯や止血バンド、消毒液に固定器具に冷えピタに軟膏…などなど用途さまざまな救急セットを指差す。
あたしがちょっとだけ気を失った後、着せてあげていたあたしのブレザーのポケットを調べるとこれらが入っていたので、迷わず使ったというのです。
まぁ、あたしもまったくケガしないわけでもないから、いつも多めに持っていたんだよね。
…今回は大ケガしすぎたんだけど…。

「そうそう、ブレザーのことだけど。また別の日にでも返してくれればいいからね。まだ予備はあるし」
「あ、あぁ。ありがとう」
「…ふむふむ、よし…っと。これぐらいしておけば大丈夫だね!」

ぶんぶん、と軽く腕を振った後、あたしは勢いよく立ち上がる。

「おいおい、本当に大丈夫なの?また倒れたりしないか?」
「だいじょぶだいじょぶ!ほれほれ、このとおり!」

とりあえずバババッ!と高速フットワークをしてみせた。
それを見た董子ちゃんは、はぁ…。と嘆息してあきれたような表情であたしを見つめる。…なんで?

「まぁ、無事ならどうでもいいよ。…って、そうだ、早く戻らないとなぁ。私は橋本さん――、いや、人を待たせているんだ」
「橋本さん? あぁ、その人、董子ちゃんをいつも送ってくれているっていう?」
「ま、まぁ、そうね。」

董子ちゃんはちょっとあせったように言う。あせるヒツヨウはないと思うんだけど…。
あたしは頭に?を浮かべた。よくわからないのでゴウインに話を戻す。

「うーん、あたしも今日は送ってもらおうかな。さすがに帰りにまた魔物と戦うことになるときついしね。一応、強力すぎない魔物はうちの組の人たちでも退治できるし…。」
「ん、組って…?」
「あー、いやいや。こっちの話」

あぶね!ボケツ掘るところだった!一応、うちの家がヤクザってことは秘密にしてあるんだった…。
とりあえずどこからともなくとりだしたるこの携帯電話を操作して、ピポパピポペポ、ほい。メール送信完了、っと。
近くに待機してくれている組員の人がお迎えにきてくれるみたいだ。

「さて、みんなのところに戻ろっか。もしかしたら、健太郎や咲耶ちゃんも待ってくれているかも」

携帯電話をぱたん、と折ってセーターの下のブラウスの胸ポケットにしまう。(さっきまでよく壊れなかったなぁ)
そして、理科室の扉に手をかけようとしたとき。

「…戻るの?」

董子ちゃんは神妙な顔つきで問いかけてきた。

「?? そうだけど?」

あたしは答える。

「………その格好で?」

あっ。
しばしの間、沈黙が流れた。
あたしは自分の体を見る。セーターもスカートもぼろぼろで血まみれ。
一応、体についた血はふき取ったけど、体は止血バンドやら包帯やらでオオゴトになっている。
いったいこれをどう言い訳すればいいのだろうか。

「…。ま、まぁ、だだだだ大丈夫だよ!階段でずっこけたことにするからさっ!!」

汗をたらたらとたらしながら、ウインクしてビシィ!とガッツポーズをする。
それを見た董子ちゃんの表情は…ご想像にオマカセします。

…かくして、あたしたちは教室に戻ろうとするのであった…。


じ、次回へ続く…。


作:黒星 左翼