市に虎を放つ如し




南陽子さんがいなくなりはった。
先生の話では、南陽子さんは昨日、学校の帰りに交通事故に合ったとか言うとるけどなぁ…。
それに、獅子土さんや鷹森さんが怪我をしとるのも気になる。
特に鷹森さんの方は、体のいたる所から包帯が見え隠れしとるから余計や。
彼女は『階段で転んじゃったんだよね』とか『別に見た目以上じゃなから気にしないでってば!』とか言うとったが、多分嘘やと思う。
これは素人が見ても『ひどい怪我』の分類に入ると思うし、彼女は多分普通の人じゃあらへん。
最近は誰もつっこまなくなったけど、鷹森さんがいつも持ち歩いとる刀(本人は模造刀と言ってた)も、怪しいと思う。
でも、もしかしたら普段から刀を持ち歩くのが趣味とかのアブナイ人とか、
せやなかったら時代劇が好きで、武士とかに憧れがあるとか…………ちゃうか。

獅子土さんの怪我はひどいって言うたらひどいんやけど、鷹森さん程の怪我ではあらへん感じ、おそらく、彼女の仕事場で怪我をしたのかもしれへん。
彼女の仕事なら十分ありえる事だと思うんやけど、南陽子さんの失踪、鷹森さんの怪我、獅子土さんの怪我。

ほんでもう一つ不思議なのが、入室禁止になりよった理科室。

偶然やと言うたらそれまでかもしれへんけど、偶然で終わらせるには偶然が重なりすぎとるのは明らかや。
これは……『上司』に報告した方がええんやろう。
けど、ウチの任務はあくまでも彼女の監視。正直、それ以上の仕事は増やしたくないんよ。
なにより面倒やし、給料が増えれば…と、考えてもえぇけど、多分、増えへんやろうな。

お金はあるのに、こういう所でケチやと思う。
と言うわけで、『上司』には彼女の状態だけ報告した。



市に虎を放つ如し

第六話 仕事



「董子のヤツ、どうしちまったんだろうな」

学校の帰り、松沢くんがバイクを運転しながら、後ろに座っろるウチに話しかけてきた。

「…少しは鷹森さんの事も心配したったらどうよ?」
「鷹森はなんとなく大丈夫そうじゃねぇか?」
「いや、ウチは鷹森さんの方が怪我酷そうに見えたんやけど」
「まあ、鷹森は鷹森。董子は董子だぜ」
「それ…、鷹森さんが聞いとったら模造刀で叩かれると思うよ?」

仮に模造刀が本物やったらNice boat.な展開になるけどな。

「さて、おい。咲耶、着いたぞ」
「あ、あぁ、おおきにな」
「それじゃあ、明日学校でな」
「あ、ちょっと待ちや」
「ん?」
「……なぁ、明日のことやけど…、松沢くんはバイトないよね?」
「あぁ、ないぜ?」
「明日暇なら学校までの時間一緒に遊ばへん?」

ウチと松沢くんは同じDY(デイリーヤマサキ)でバイトをしていて、明日は二人ともシフトが入ってない日やったから、
久しぶりに、松沢くんと学校までの時間、どこかへ遊びに行きたいなと思ったんやけど…。

「……あー、悪い。明日は駄目なんだよ」
「なんや、何か予定でもあるの?」
「あ、明日は打倒董子のための空手の稽古があってだな…。朝から、道場に通うつもりなんだよ」
「な…!そ、そんなの違う日に行けばええやんか!」
「だ、駄目だ…! そ、そ、そんな事できねぇ!俺は明日一日獅子土に勝つための新技を開発するって決めてるんだよ!!」
「そうやって今まで何度何度も同じこと言うとったけど、ぜんっぜん通用してへんやんか!」
「ぐ……! それは今までの俺だ。明日からの俺は違うんだよ!」

まったく信用できへんのやけど。

「なぁ、もう一回聞くで。ほんまに明日は道場に行くん?」
「あぁ、男に二言はねぇ!」

松沢くんは拳を握り締めて言う。自身はたっぷりあるようやけど…。…そうや、ちょっとだけ試してみるかな。

「……ほんまのほんまに?」
ちょっと色っぽい声を出して、胸が軽く当たる程度に抱きつき上目遣いで聞いてみる。

「い、い、言っただろう!?男に二言は無いってよ」
「ほんまのほんまのほんまに?」

さらに胸を押し付けてみる。

「くっ!! お、俺はッ!! あ、明日は道場に、い、行くんだ!!!!」
「そっかぁ…。残念やな。けどな、また違う日遊びに行こ?」

そう言うて松沢くんから離れる。遊びに行くときは何か奢ってもらおうかな。

「そうだな、暇な時行くか」
「約束やで?」
「わかったわかった。何しろ、男に二言はないからな」

そう言い松沢くんとは別れ、ウチは家に帰った。
じゃあ、明日はどうしょうかな……。そういえば買いためてたラノベがあるから、それで時間を潰そうかな。

余談:次の日、松沢健太郎は道場に行きましたが、道場は年に一度の休業日でした。



次の日、ウチは昨日決めた通り、自分の部屋で買いためていたラノベを読んでだらだらと午前中を過ごしていたら、家の電話が鳴った。
ウチの友達などが連絡をする時は、いつも携帯電話に電話をしてくるし、家の電話番号を知ってる人は少ししか居らへんから、嫌な予感がした。
オトンとオカンは仕事の関係で家に居ない日の方が多いし、電話はウチが取るしかない。
取らへんという選択肢もあるんやけど、取らへんのは後味が悪し、取る事にしたわけや。
セールスの可能性だってあるんやし、セールスやった場合は『ただの人間には興味ありません』と言って切る事にしよう。

「……はい、有沢ですけど」

…嫌な予感は的中しよった。電話の相手は、セールスでも、バイト先の店長でもなく、もうひとつの仕事の『上司』やった。
『上司』はどこで知ったかは知らへんけど(おそらくウチの仕事先と学校が繋がってるからやと思う)、
南陽子さんの失踪や、獅子土さん、鷹森さんの怪我、そして理科室の入室禁止…という、
同じ日に起きた偶然(?)の事を知り、ウチに連絡してきたみたいや。

端的に言うと、電話の内容は仕事の追加やった。

ウチは元々、彼女……。獅子土さんの監視を上司から任せられとるんや。
勿論、そのことは獅子土さん自身は知らへん(はず)。
ウチの『上司』……いや、ウチの仕事先の……『財団』は、日本の市場の中でも一、二位を争うくらい大きな財団なんやけど、
ここ数年はとある『企業』にトップの座を奪われているらしい。で、あたしの仕事先のお偉いさんは、何としてもトップになりたいらしいんや。
そこで『企業』の弱みを握りたいらしく、何処で広まった噂かしらへんけど、
『企業』と橋本組が裏で繋がっているかどうかの真相を突き止めるために、いろいろ極秘で調査をしとるわけや。

なんぼ橋本組の評価が悪くないにしても、ヤクザとか暴力団とか、世間的に良いイメージが無い組織と繋がっとったら、
それで企業の信頼やイメージが下がる事に繋がり、こちらの『財団』がトップになるとかそうゆう企みやと思う。
そこで獅子土さんは橋本組と繋がってるのでは?という情報を社員が手に入れたみたいで、
ウチが獅子土さんの監視を任されていたんやけど、そこに新たに鷹森さんの監視が命じられたんや。

何故鷹森さんの監視が必要がと聞いてみたら、彼女の『模造刀』のことが関係しとるらしい。
それは今回の理科室入室禁止は、理科室の中が酷く荒らされてたのが原因みたいで、
その中には何か鋭いもので斬られたような傷が多かったらしいんやけど、
もしかしたらあの子の持っている模造刀が本物で、あれで斬りつけられたのでは?という話があがってるらしい。
でも本人は模造刀…って言うとるし、嘘つくような子とちゃうから多分大丈夫やと思うけど…。

ってまぁ、話がちょっとだけそれたんやけど、仮に、獅子土さんや鷹森さんが関係していたとしたら、学校としては何かしらの対応をしなければあかんし、
変な噂が町に流れれば次入学する生徒の数にも影響が出るかもしれへん。私立の学校としてみればそれは避けたいんやろう。

つまり、これ以上問題起こす前に問題を起こしそうな生徒は監視をし、
問題を起こさないようにしろ、と言う『財団』からの仕事、…というよりは学校からの仕事みたいなものやな。
…ウチではなく、もっと相応しい人が沢山おるんちゃうんかと思うけど。

しかし、これは表側の理由で、裏側の理由もあると上司は言うとった。
裏側の理由も知りたければ教えてやる、と『上司』は言うとったけど、裏側の理由は聞かへんことにした。

別に深い理由はなく、単に彼女達の噂は聞きたくなかったからや。
彼女達とは普通の友達でいたい。

南陽子さんの捜索とかはしなくて良いのかと思ったけど、『捜索は警察の仕事だ』とか言うとった。
変な所で正論を使うなぁ…ほんまに。

「……また、仕事が増えるんか…」

受話器を置いて、思わずつぶやいてしまう。
……正直に言えば、ウチはもうこんな仕事をしたくはなかった。
最初は『仕事』のためのうわべだけの付き合いやったけど、ウチはいつしか、あの子たちを本当の友達のように感じていた。
こんな身の上でさえなければ、ウチは本当にあの子たちと本当の友達に――
…いや、それはかないもしない夢物語や。

だから、やることは今までと変わりはあらへん。ウチ個人の想いなんかで、『財団』に逆らうことなんてできへんから。
そんなことを思いながら、ウチは本棚の前に移動し、読みかけのラノベを取り出した。内容は、現代ファンタジーモノ。

「さて、学校までまだ時間あるんやし…。ラノベの続きでも読もうかな」



続く



原文:大正
改訂:黒星 左翼