「えぇ〜!?ひゃ…ひゃ…125万円ってどういう事!?」

薄茶で童顔の男があり得ない金額の書かれた伝票を見て顔面蒼白になっていた。

その男の周りを店のチンピラが取り囲んでいる。

つまりは世間で言うところの暴力バー、通称キャッチに彼は捕まったのだ。

「どういう事じゃねぇよ、てめぇの飲み代だよそれが」

茶髪の彼は涙目になりながら首を振る。

「そんなぁ、僕はちょっと水割りを一杯入れただけじゃないですかぁ!」

その言葉を聞いてチンピラの一人が彼の胸倉をつかみ上げる。

彼は思わず弱弱しい悲鳴を漏らす。

「何が水割りだコラァ、女も指名しただろがぁ」

そう言い彼の座っていたソファに腰掛ける女性を指差した。

その女性はお世辞にも美人とは言えない容姿であった。

女性は彼を見ながら下品に笑っていた。

彼はその女性の顔を見て言った。

「あんな子指名するわけないじゃないか!勝手に僕の横に座っただけだよ!僕には美人な奥さんが居るんだから!」

もう一人の男が脅すようにテーブルを蹴る。

茶髪の彼は胸倉を掴まれたまま震えながら背を丸めた。

胸倉を掴んでいた男は手を離すと彼に手の平を向けた。

「御託はもう良いから金払えっつってんだろ。すぐそこにサラ金もあるしよぉ、借りてこい。」

「そんな事言ったってぇ〜払いたくないよぉ〜こんな法外な値段…!」

彼の声はしゃっくり混じりの涙声になっていた。

取り囲んでいた男達がそれに気が付き笑い始めた。

「おいおい泣いてるぜぇーこいつ!」

「おもしれぇ!払えないなら肝臓でも売るかぁ?」

「さっき美人な奥さんが居るって言ってたよなぁ?そいつの肉体でも良いんだぜ。」

男のさらなる追い打ちによって彼は本格的に泣き始めてしまった。

男達も最初は笑っていたが泣き続ける彼にだんだん腹が立ってきた。

このままではいつまでたっても代金を貰えない。

「泣いてる暇があったら財布出せこの野郎!」

そう言い彼の後ろに居た男が彼の尻を蹴り上げる。

蹴り上げたと同時に、骨がひしゃげる音が店の中に響き渡る。

「おいおい強く蹴りすぎなんじゃねぇか…?こいつの骨が折れ…」

彼を蹴り上げた男が突然倒れ足を押さえながらもがき始める。

男の足の骨が折れ、無残にも骨が肉の外に飛び出ていた。

それを見て店の男は彼の胸倉をまた掴み上げた。

「てめぇ何しやがった!」

「何もしてないよぉ〜僕はただ蹴られただけだよぉ〜!」

その彼の態度に男は頭に血が上り殴ろうと拳を上げた。

が、その腕を後ろから誰かに掴まれた。


男の後ろには赤いカッパを着た女性が立っていた。

彼女の顔はカッパのフードでよく見えない。

「誰だてめぇ!離しやが・・・」

言い終わる前に男は苦痛の表情を浮かべる。

彼女が手に力を込め握りしめていたのだ。

男は必死に彼女の手をほどこうと腕を掴み返す。

が、どんなにあがいても彼女の手をほどく事が出来なかった。

彼女はフードの中から茶髪の彼を見た。

彼は彼女と眼が合い泣き顔で苦笑いする。

「あはは…純子さん」

そのカッパを着た女性、純子は呆れた顔をし、ため息をついた。

「一体何やってんの?こんなところで」

彼は泣くのをぴたりと止め、背広の襟を直しながら背筋を張った。

「いやぁ、キャッチに捕まっちゃってさぁ、一般人の反応をして遊んでみてたのー」

「へぇー」

純子は軽く相づちを打つと掴んでいた男の腕をすばやくひねる。

その瞬間、男の腕がもげ、鮮血が飛び散る。

腕をもがれた男は悲鳴を上げ、切断部分を押さえながら床に這いつくばった。

他の男達や店の女は唖然とし何も言えず硬直していた。

まるで夢でも見ているかのような感覚であった。

そんな唖然としてる男達を純子は睨みつける。

純子はポケットから代紋の書かれたバッチ、つまりは組バッチを取り出し見せつけた。

「うちの旦那である渡辺組の組長、渡辺翔吾に対して何様のつもりだ貴様ら!あ!?」

男達は顔面蒼白になり慌てて土下座を始めた。

腕のもげた男も、足の折れた男も頑張って土下座をしていた。


何故男達はそれほど必死だったのか、それは今目の前に居る男の組織が恐ろしかったのだ。

渡辺組、それは渡辺翔吾の率いる戦闘集団。

ヤクザと言うよりマフィアに近く、抗争相手を皆殺しにするのが当たり前。

そんな彼の組織内に警察が逮捕のために乗り込んだが、抗争相手の死体が一切見つからない。

武器も武器らしい武器が見当たらず、なおかつ麻薬も見当たらない。

「本当に抗争があったのか?」とまで思わせてしまうほど事後処理が行き届いている。

もちろん邪魔な人物の暗殺も同じようなもの。

死体が絶対に見つからない。まるで行方不明になったかのようになる。

そのため他のヤクザからは「掃除屋渡辺組」とまで呼ばれているのだ。


「す…すいやせん!渡辺組とは知らずに!すいやせん!」

純子は先ほどもいだ男の腕の手を飴を食べるように舐め始めた。

「それだけで良いと思ってんのか、なぁ?」

「申し訳ないっす!こ…今度改まって親父達とケジメつけさせてもらいますんで!今日の所はご勘弁を!」

男達は強く土下座をしながら哀願した。

が、純子は不満そうに、今度は男の腕を手の先から噛みちぎり食べ始める。

骨を噛み砕く音が響き、純子の口から男の血が垂れ、飲みこむ音と共に喉が動く。

本当に純子はその腕を食べていたのだ。

あまりの野蛮で非現実的なその行いに失禁する男や女も居た。

中には今まで自分のやってきた外道な行いと比べ物にならないと感じている者も居た。

純子は男の手を食べながら聞いた。

「貴様らここ一体が誰のシマか知ってんのか?」

チンピラの一人が怯えた声で答える。

「は…橋本組…です!」

その一言を聞いて純子はその男の髪を掴み持ち上げ、男の耳に噛みつく。

男は女のような声を上げて暴れるが、暴れても全く無意味であった。

純子は男の耳を噛みちぎると耳の無くなった耳の穴に向かって叫ぶ。

「貴様らその橋本組の組長がキャッチを許すとでも思ってんのか?ふざけんのも大概にしろやぁ!」

純子は男の髪を掴んだまま勢いよく店の奥へ投げ飛ばす。

投げ飛ばす、と言っても純子はただ男を大きく振っただけである。

しかし純子の腕力と遠心力により男が投げ飛ばされるかのごとく宙を待ったのだ。

だが純子は掴んでいた男の髪を離さなかったので純子の手には男の頭皮が残ったまま。

店の奥へ投げ飛ばされた男はというと、頭皮がはがれ見るも無残な顔になっていた。

その頭皮を前で両手をついて土下座したままの男達の前に投げ捨て言った。

「この店たため。たたまねぇと次は橋本組を連れてくるぞ。あとうちに謝りに来るのも忘れんなよ。」


そう言っていると携帯の着信音が鳴り始めた。

純子は男の腕を床に捨て、ポケットから携帯を取り出し通話を始めた。

「もしもし…あぁ橋本さんじゃない!」

その一言で男達は失神寸前になった。

他の組のシマ、縄張りで稼ぐと言う事はヤクザ同士の取り決めに反する。

その事がシマの持ち主にばれたらこれはもう指を詰めるか死を覚悟するしかないのだ。

「もう組長会の時間が来てるって?うちの旦那があんたのシマで勝手にやってるキャッチに捕まってさぁ…

…ん?あぁ、了解、んじゃそう伝えてすぐにカタつけて行くわ。」

純子は携帯の電源を切り微笑みながら男達に言った。

「橋本組の組長から伝言、店をたたむ必要はないってさ」

男達は一瞬だけ安堵の息を漏らしたが緊張した面持ちになった。

「う…売り上げの何%を橋本さんに収めれば良いんですか…?」

純子は笑いながら、その男の両肩に手を乗せて言った。

「売上を収めなくても良いってさ!橋本さんは優しいねぇ!」

男達は顔を見合わせて喜んだ。

そこに純子が付け足した。

「だけどな…今私は橋本にあんた達を殺せって言われたのさ!

自分のシマで好き放題やってカタギを苦しめた罪、死を持って償えってことさ!」

男達は一瞬硬直した。

しかし純子はそんなこと気にせずに獣のように牙をむき、目の前の男の首に噛みついた。

噛みつかれた男は口から血の泡を吹きながら痙攣をくりかえし、それと共に骨の砕ける音が響く。

他の男達もただただ怯え逃げ出そうとするだけで闘おうとはしなかった。

男達は一種のパニック状態に陥っていたのだ。

男達の頭の中には「生きたい」とか「逃げたい」という思考しか残っていなかった。

だが、追ってくるのが鮮血で染められたような赤いカッパを着た女性の姿をした化け物。

純子から逃げれるはずもなく、男達や女達が純子の手に掛けられ死んでしまうのだった。


茶髪の彼、渡辺翔吾は逃げまどうチンピラや女達を無残な姿に変えていく自分の妻を見ながら、

至極幸せそうな表情を浮かべつつ店のウォッカを一杯たしなんでいた。



市に虎を放つ如し




第十三話 卿(ロード)


翔吾と赤いカッパを着た純子が大きなゴミ袋を持ったまま夜の繁華街を歩いている。

すると途中で翔吾がへばりだした。

「うぅ〜〜〜疲れたーーーこんな重たい荷物持ちたくないよぉ」

それを見て純子が呆れる。

「なに言ってんの!『ロード』最強のくせして!重たいわけないじゃないの!」

「ヤダヤダヤダタクシーに乗りたいよ〜!」

「もうちょっと歩けば繁華街を抜けて集合場所のホテルのある一画に着くでしょ!」

翔吾はまるで玩具を買ってもらえずに駄々をこねる子供のように頬を膨らませた。

「でもヤダー歩きたくないもーん」

純子は頭を押さえため息をつく。妻と夫ではなく母親と子供のようだ。

そんな彼らのすぐ横の道路に一台のリムジンが停車した。

そして後部座席の窓が開き金髪の男が顔を覗かせた。

「北条院!」

純子は思わず声を漏らした。

その男、北条院は翔吾と比べると外見がチンピラにしか見えない男であった。

髪は金色、両耳に大量のピアスをし、唇ピアスを入れている。さらには目の下にもだ。

「お前らこんなところで何してんだ?もう組長会の時間じゃねぇか」

「あんたこそ何をしてるんだ?こっちは仕事してたんだぞ!」

「ふん、でけぇ口聞くアマだな。」

「何だと?」

純子は思わず喧嘩腰になったが翔吾が制する。

「北条院くん、良かったら乗せてってー!歩くの疲れたんだよー」

「しかたねぇなぁ、ま、乗ってけ。早くしないとあのクズにいろいろ言われちまうしな。」

「え?それって渉くんの事?そんな酷い事言ったら駄目じゃないかー!」

「良いからさっさと乗れ!」

そう言われ二人はリムジンに乗り込んだ。


リムジンに乗り込むと北条院の横にお腹の大きな女性が座っていた。

「相乗り失礼しますよ涅理さん」

涅理(ねり)は軽く礼をした。

運転手は二人が乗った事を確認し車を発進した。

「そういやその手に持ってるゴミ袋は何だ?」

北条院が翔吾達の手に持たれた袋をつつきながら言った。

純子がゴミ袋を持ち上げながら言う。

「これ?喧嘩売ってきたチンピラの死体。お土産にと思ってね」

それを聞いて涅理が軽く微笑む。

「おいおい涅理、お前が微笑んでどうする。俺達はもらわねぇぞそんな汚ぇの」

「残念ねぇ、美味しいのに」

純子は残念そうな表情をしゴミ袋を揺らす。

「あいにく俺らはカニバリズムじゃねぇんでな」

そうこう話しているうちに車は繁華街を抜けホテル群の立ち並ぶ所へ出た。

車は一流ホテルへと向かい、その地下駐車場に入っていく。

駐車場に車を停めると4人は降りて奥へと進んだ。

奥へと進むと、関係者以外立ち入り禁止の扉があり、屈強な黒スーツ姿の男が2人立っていた。

「ようこそ北条院組組長夫妻、そして渡辺組組長夫妻」

一人の男が挨拶した。

「申し訳ありませんがここから先武器の持ち込みは禁止ですので…」

それを聞いて北条院が笑いだす。

「武器なんて持ってねぇよ。これだからクズ組織の奴らは仕来たりが古い。」

それを聞いて男はムッとしたが、代わりに翔吾が怒り始めた。

「古いってなんだよー!言い方が失礼だぞー!それ言ったら僕はどれだけ古いんだよー!」

北条院は翔吾を軽く鼻であしらい中へと進んだ。


 中へ入ると酒の置かれた丸いテーブルの周りにソファが8つ置かれており、その一つに渉が座っている。

渉の横一個ソファを空けた隣二つにメガネをかけた背の高い男と水色の髪の女性が座っている。

その男は何故か軍服そっくりの帽子と服を着ており、女性の方はナース服だ。

傍から見るとコスプレイヤーが二人いるようにしか見えない。

4人が来た事を確認すると渉は一旦腕時計に視線を落としてから4人を睨んだ。

「お前たち遅いぞ!今何時だと思っている!10時に集合だと言ったはずだ!」

「うるせぇぞクズが!こちとら暇じゃねぇんだ!」

「何がクズだてめぇ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!さっさと座りやがれ!」

北条院は舌打ちをしつつも渉の向かい側に座り、その横に涅理が座った。

ふと北条院は渉の方を見て、ある事に気が付いた。

渉の横の席が空いている事だ。

「おい、あの牝犬はどうした」

それを聞き渉は立ちあがる。

「牝犬ってのは誰の事だ?あ?言ってみろコラ!」

「メリッサの犬の事だコラ!毎回毎回てめぇじゃ話にならねぇんだよ!あの牝犬を連れてこい!

そもそもこの組長会の決まりは自分の妻も連れて来いって決まりだったろが!」

「てめぇ言わせておけば…!メリッサを馬鹿にしやがって!ぶっ飛ばすぞこのポンコツが!」

その一言に北条院も立ちあがる。


「止めなさいよ」

涅理が北条院を制す。

「だけどよ涅理、あいつが俺に舐めた口を…」

「あなたも彼に失礼な事言いすぎよ。自重しなさい」

「そうだよ北条院くん!ママの直系組織同士仲良くしなきゃ!」

翔吾が涅理の横に座りながら言った。

北条院は唾を床に飛ばす。

「チッ!だけどよぉ、ゴッドマザーは何でこんな一般人を組長に立てたんだ?」

その質問にメガネをかけた男が答える。

「それは橋本が焼石の知り合いであり、マザーが『人間の意見も取り入れたい』と仰ったからだ。

そんな事も忘れてしまったのか?お前の頭の中はどうなっているのだね?」

北条院は歯を噛みしめながらそのメガネの男を睨みつけた。

「ぶっちゃけてめぇが居る理由もわからねぇんだよ暴力病院こと谷口仗太郎さんよぉ」

「まぁな、私はヤクザじゃないからな…しかしお前の流している薬は何処から貰っていると思っている?

私がこの組長会に呼ばれなくなったら何処から安く買うつもりだね?」

「いちいち癇に障る野郎だぜまったく、ゴッドマザーもこの組長会の面子を考え直せよ…」

渉はそれを聞いて微笑んだ。

「確かに、彼女が集めている『ロード』も集まっているだけでも焼石と翔吾とお前だけ…

だがそのうち焼石はヤクザの組長会に出れる職柄じゃないからな。

代わりに俺がここに居るわけだが、俺を含め『ロード』じゃない連中が多い。」

谷口と言われていた男も、涅理も黙って聞いていた。

「まぁ谷口や涅理さんなどは『ロード候補』ではあるが、現時点では『ロード』とは解らない。

つまり組長会のメンツは『ロード』を含めない面子で構成した方がいいんじゃねぇかな。

翔吾はともかく北条院は『ロード』以前の問題で出来がかなり悪いからな」

北条院は今の言葉で完璧に頭に来たらしく、怒りの表情を浮かべ何も言わず無言で立ちあがる。

そして腕を伸ばし手の平を渉に向けた。

向けられた渉はヤバいと感じソファから床へと転がり逃げた。

次の瞬間、電撃音と共にソファの背もたれがはじけ飛ぶ。

渉は立ち上がり北条院に拳銃を向ける。

拳銃を向けられた北条院は青白い光、いや、電気をまとっている。

「おい橋本よぉ、此処への武器の持ち込みは禁止じゃねぇのかぁ?」

「てめぇみてぇなのがいるから一般人の俺は持たなきゃならねぇんだよアホ」

「まぁそんな拳銃俺には効かねぇがなぁ!」

「試してみるか?」

渉と北条院がにらみ合ってる所で、一人がテーブルの上に足を叩きつけた。

テーブルに衝撃が走りコップが宙に浮く。

その行動に渉と北条院はそちらへ目をやった。

谷口の横に居るナース服の女性がテーブルの上に足を叩きつけたのだった。

「ちょっと…私達は病院に患者を残して来てるのよ…こんな茶番に付き合ってる暇ないの。

渉さん、君がこの組長会を開いたんだからさっさと議題を出してくださいよ。」

渉と北条院は一瞬にらみ合ったが落ち着き腰を下ろした。

「申し訳なかった…伊澤…いや、谷口鈴花さん」

渉は丁寧に彼女にお辞儀をしタバコをくわえた。


「鈴花さんのパンツ見えちゃった!わーい!」

渉が話しだそうとしたところでいきなり翔吾が喜び出す。

思わず渉は苦笑い。

鈴花はナース服、つまりミニスカートに近い恰好をしていた。

そのためテーブルを蹴る際に目の前の席に座る翔吾にばっちり中を見られていたわけだ。

鈴花は恥ずかしそうにスカートを押さえ、翔吾は純子にブン殴られていた。

その様子をみた北条院が苦笑いで渉に言う。

「なぁ、こんな馬鹿みてぇな茶番してる奴の方が出来悪いんじゃねぇか?え?」

「翔吾はあれだから翔吾なんだよ」

北条院は翔吾の顔を見なおし、何かに納得していた。

「とりあえず、真剣な話なんだからふざけないでくれよ」

「はーい!わかったよー!」

翔吾のその言葉も気が抜けてしまいそうであった。

渉は一服入れ間をおいてから話し始めた。


「鷹森組が動き出したぞ」

その言葉を聞き、谷口と純子が思わず立ち上がる。

「それって本当のこと!?」

カッパを着ている純子はフード部分を脱ぎもう一度聞き直す。

渉は無言でうなずく。

「おいおいそれは退魔の一族の鷹森なのか?」

純子に続き谷口も渉に聞く。

純子もその事が聞きたいらしく渉に視線を送る。

「退魔の一族の鷹森だ。俺の囲ってる…というか、面倒見ている子に獅子土董子って子が居てな。

彼女のクラスメイトに鷹森梓っていう子が居るんだが、その子が本家鷹森組の跡取りらしい。

戦闘力も相当らしい。というか退魔の任は既にその子が担当してるらしいからな」

谷口と純子は静かに座り直す。

「で、動いたって言うのは何かしら奴らにやられたのかしら?もしかしてメリッサが…」

「いやいや、うちの妻は無事だから安心してくれ純子さん。

動いたのは学校内で退魔の働きをした、と言うくらいのことだ。」

それを聞いて純子と谷口は不安の汗を垂らす。

「だぁからどうしたってんだよぉ」

周りの空気を読まずに北条院が声を上げる。

ふてぶてしくソファに深く腰掛け、天井に向かってタバコの煙を吐き出した。

「退魔退魔言ってもよォ、俺ん所は関係ねぇな、俺も涅理も魔族じゃねぇ。

そんな魔族にしか興味を示さない鷹森組ごときの事で組長会を開かれたんじゃたまったもんじゃねぇ!」

思わず純子、谷口が北条院を睨みつける。

「あんたは自分の兄弟達がやられても良いのか?」

「別に俺はてめぇらと杯を交わした覚えはねぇなぁ」

それを聞いて渉はため息を漏らす。

「やっぱりてめぇは駄目だわ、なんにもわかってねぇ」

「あ?」

「考えてみろ、鷹森組は相手が何者だろうと魔族だったら殺すんだぜ?

もし『ロード』の誰かが殺されたらどうする?それこそ一大事じゃねぇか。

『ロード』は有限なんだぜ?血筋が絶えちまった時点で数が減る。

翔吾や焼石、他の『ロード』が殺されちまったら仲間になる『ロード』も減る。

そうなると『ロード』の力を悪用するために『ロード』を探してる連中に数で負けちまうだろが」

北条院はそれを聞いて嘲笑を浮かべた。

「今時退魔の一族をやってる連中に『ロード』が負けるとは思えんな。

それに今お前が言った『ロードの力を悪用する連中』ってのは一体どこのどいつだ。

そんな話俺は聞いた事ねぇな。てめぇの妄想なんじゃねぇか?」


「ところが、そういう連中がいるんだよ」

不意に入り口の方から男の声がした。

渉達全員がそちらに視線を送るとそこには焼石が立っていた。

焼石が来ているのを見て思わず渉が立ちあがった。

「焼石!こんなところに来て大丈夫なのか!?俺達の集まってる所に来ているのがバレるだけで、

あの四ツ和財団に弱みを握られることになるんだぞ!」

焼石はそんな事あまり気にしていない様子で言った。

「別に〜。俺はあの手この手で業界トップになるよりも、確かな信頼と実益を重んじたいからな。」

それを聞き渉はやれやれと安心半分不安半分で腰を下ろした。

その渉の横のソファが空いていたので焼石は座った。

そして北条院と渡辺の顔を交互に見ながら言った。

「久々に『ロード』が3人そろったな。」

北条院は軽く舌打ちをした。

「そんな事はどうでも良いんだよ。で、本当に居るのか?俺達のような『ロード』の力を悪用しようとしてる奴が」

「もちろん、既に俺が奴らとの戦闘で経験済みだ」

その一言で全員が焼石に視線を見る。

「既に戦闘しただと…?お前の力を狙ってきたのか…?」

谷口が問う。

「いや、そう言うわけじゃねぇが…もしかしたら奴らの方が『ロード』を探すのが得意なのかもしれんぞ」

「何故そんな事が解るんだ?有名人のあんたを狙ってこなかった時点で全然探すのが不得意だろう」

純子が指摘した。

「俺が『ロード』だと思った子をな、奴らも『ロード』だと目星をつけてたみたいでな。

先に奴らに先手を取られてその『ロード候補』が襲われててよ、俺が助けたってわけ。」

「一体どの『ロード』が標的にされたの…?それが解れば私達『ロード候補』も厳選されるわけだけど…」

そう言った鈴花の顔は不安に満ち溢れていた。

焼石はそんな鈴花の心情を感じ、少し間をおいてから口を開いた。

「鈴花姉さんにゃ悪いが…『ヒューマンロード』か『サイコロード』だ…」


その言葉を聞いて立ちあがったのは北条院だった。

「何で『サイコロード』の名前が出てくるんだよ!」

北条院は焼石を睨みつける。

睨みつけられても焼石は落ち着いていた。

「まぁまぁ、ようするに唯の人間にしか思えない子が奴らに狙われてたってことよ。

俺もそのどちらかだろうと予想を立ててたわけだが、常識的に考えられると人間型ってその二つだけだろ?

他のは人間にゃ見えない『ロード』ばっかりだからよ。まぁ俺も人の事言えんがね」

「それでも可笑しいだろ!『サイコロード』は俺の妻の涅理だ!

他の奴が『サイコロード』って理由で狙われる訳ねぇだろが!」

それを聞いて焼石はため息をつく。

「何処に涅理さんが『サイコロード』だっていう証拠があるんだ。まだ解らないじゃねぇか。

言っちゃ悪いが俺は涅理さんから『ロード』の血を感じねぇぞ」

「北条院の言うとおりだ!」

鈴花も声を上げる。

「『ヒューマンロード』は渉さんか私のはず!それは君も解ってるはず、承知の上でしょ!?」

「解ってないのは…悪いが…鈴花姉さんだ…姉さんが『ヒューマンロード』だなんて絶対にないんだ…」

焼石がつらそうな顔をしながら言った。

「どういう事?私は人間だ!人間ではない仗太郎さんの妻ではあるが…れっきとした人間だ!

『ヒューマンロード』の候補に入れるにきまっているじゃないか!」

鈴花の言葉を聞いていた谷口本人は下を向いて顔を上げようとしない。

それに気がついた鈴花は谷口の心配をした。

「どうしたの貴方…私は貴方が人間じゃない事…いや、貴方と結婚した事…後悔した事ないよ…」

谷口はその言葉を聞き震えながら顔を上げる。

鈴花の顔を見て谷口は悲しそうな顔をする。

「鈴花…お前の飲んでる薬の効果が…切れそうだぜ…!」

鈴花はハッとした。

すると鈴花の目の下に大きなクマが現れた。

そして肌の色がどんどん青黒く変色していく。目が血走りだんだん光を失っていく。

あわてて鈴花は胸ポケットから錠剤を取り出しテーブルに置かれていた酒で流しこむ。

薬を飲んだ拍子に肌の色と目の色が元に戻る。

鈴花は汗だくで肩で大きく息をしていた。


その様子を見て北条院は言う。

「ハッ!自分の事を『ヒューマンロード』だと思い込んでる売女と違って俺の涅理は力もある!

『サイコロード』としての資格があるんだよ!それが『ロード』としての証拠だ!」

焼石はあきれ顔をしている。

「そんな事が『ロード』の証拠になるとでも思っているのか?おこがましい。

というか、北条院、お前さんは一言二言多すぎてウザすぎる。もっと自重しろや」

北条院は焼石の一言が頭に来たらしく青白い電気を帯び始めた。口からは白い煙が漏れる。

「てめぇ…ウザいって事だけじゃなく全てを感じれなくなるようにしてやろうか?」

それを聞いて焼石の髪の毛が紅蓮の炎に変わる。

「驚いたな、鉄くずのボケナスが灼熱の炎に勝てると思っているのか。

俺が溶鉱炉になってやるからいっぺん溶けてみるか?あ?」

「止めないか二人とも!」

焼石の横に居た渉が暑がりながら叫ぶ。

「仲間同士の『ロード』二人が闘いあってどうする気だ!それこそ奴らの思うつぼじゃねぇか!」

焼石は炎を収め深く息を漏らす。

「確かに、俺達がやりあっても仕方ない。奴らをやらなきゃ意味ねぇな。」

北条院は納得できないでいたが気持ちを押さえる。

「で、その『ロード』を狙ってる連中は一体どこのどいつなんだよ。

それを教えてもらわなきゃ奴らが本当に『ロード』を狙ってるか解らんぞ。」

その北条院の言葉を聞き涅理や鈴花等も頷いた。


焼石は周りの注意が自分に向いた事をしっかりと判断してから口を開く。

事の重大さをしっかりと解ってもらうためだ。

「奴らの名前は『影の組織』。名前の通り『ダークロード』が率いる組織だ。」

その一言で皆に緊張の糸が走り、周りの空気が不安に包まれた。

「『ロード』の中で2番目に強く、1番目ヤバいやつか…!」

北条院の顔が汗だくになって言う。

「確かに…『ダークロード』が率いているなら…『ロード』に目星を付けれるわけね…」

涅理が口を開く。

「言わば『ロード』の裏切り者か…面白くもない…圧倒的不利な状況なのでは…?」

谷口が不安そうな顔をしている。

「『ロード』最強といわれてきた僕でもこれは少し大変かもなぁ〜〜〜もっと仲間を集めないとね」

翔吾だけは軽い気持ちで言った。


「とにかく」

渉が皆を仕切る。

「今回の組長会のまとめに入るが敵は鷹森組と影の組織だ。

鷹森組に『ロード』だと思わしき魔族を殺させないのと、

影の組織から『ロード』を守る事、そして標的になってしまった『ロード』を我々の仲間に引き入れる事、

この3つが今後の我々の課題だ。そう言う事で良いだろうか?」

皆が頷く、が、北条院だけ頷かない。

「解ったっちゃわかったが、俺らの頂点であるゴッドマザーはどう考えてるんだ?」

その疑問に渉でなく翔吾が答える。

「ママは僕等に『ロードを出来る限り集めて』とだけ命令…いや、願ったんだ。

そんなママは本当は全ての答えが解ってるけど僕等にその答えを教えてはくれない。

ママに助言を求めるのは良いけど、ママに答えを求めてはいけないのさ。

だから今回の件も僕らで全てやらなきゃならない、という事なのさ〜〜」

その言葉を聞き焼石がタバコに火をつけながら一言漏らす。

「まさに『神のみぞ知る』って事だな…」

他の皆も頷く。

「さて、それでは我々の安泰を願って乾杯でもするか。事が旨く進むようにな」

渉がグラスを片手に言った。

「それと僕の…いや、皆のママに乾杯だー!」

翔吾がノリノリでグラスにスピリタスを注ぎながら言った。

「ケッはしゃぎやがって…馬鹿馬鹿しい」

北条院はそう言いつつも手にはちゃんとグラスを持っている。

全員がグラスを手に持った段階で皆同時に言った。

「乾杯!」


「そういや私は酒のつまみになるのがあったんだったわ」

そう言い純子はゴミ袋を開ける。

「馬鹿!よせ!ここでそんなもん開けるな!」

渉が必死に止める。

「え?なんで?…っとおっと!」

純子は手元が滑りゴミ袋の中身をテーブルの上にぶちまけた。

ぐちゃぐちゃにされた肉の塊とその血が、異臭を放ち流れ出た。

「臭ぇ!すげぇ臭いじゃねぇか!糞の臭いかこりゃ!」

「汚いわ…!どうするのよこれ」

「おえっぷゲロゲローって感じー!純子さん早くなんとかしてー!」

「俺が全部焼き払って良いか?」

「駄目ー!私が責任もって食べるから!止めて!」

「止めてはこっちのセリフだ!メリッサが食ってるので慣れてはきたが、まだちょいと見るの辛いんだから!」

「しかしこの死体、健康的ではないな。薬を使っていた可能性があるぞ」

「そんな分析してる場合かしら貴方!なんか仕事思い出しちゃうわ!」

なんだかんだで、この組長会のメンツは仲が良いのかもしれない。



場面は変わり、ここは繁華街のあるバーの前。

警察の車が何台か止まり、警官達や鑑識が中を行き来していた。

ヤジ馬達もたくさん集まっていたため立ち入り禁止のテープも貼られていた。

そこへ黒い車が、ヤジ馬達に注意を促しつつ走ってくる。

そしてパトカーの横に停め、その中から傷物の男と一目で解る、厳ついサングラスをかけた男が助手席から降りてくる。

男は後ろの扉を開け、お辞儀をする。

中から松葉杖を持った、今度は極道の親分だと一目で解る男が降りた。

その男は杖をつきながら警官達のいるバーの方へと歩きだす。

一人の警官が彼に声をかける。

「そのテープから先へは入れませんよ!」

「私は鷹森満時だ。警部どのにお呼ばれしたのだが」

それを聞くとその警官はテープを持ち上げ満時を中へと入れた。


満時が中に入るとそこは血の海。

チンピラの死体がいくつも転がっていた。

鑑識達がその死体を調べたり、現場検証している中に刑事が一人混じっていた。

その刑事は満時に気がつくと彼の元へと走ってきた。

「どうもわざわざ済みませんね満時さん」

「いやいや、呼ばれたからには極道の長たるもの、来なければならんでしょう。」

そう言うと周りを見て眉間にしわを寄せた。

「ご覧のあり様ですよ、どう思います?抗争でも此処まで酷い物はないと思うんですが…」

「確かに、これは唯のヤクザの抗争じゃないだろうな」

「どうしてそう判断します?満時組長」

刑事はわざとらしく満時の後ろに「組長」と付けた。

満時は壁を指差し言った。

「一般的なヤクザが抗争の時に使う武器はマシンガンがメインでしょうな。

しかしみて解るように、壁に弾痕が一つもない。それに薬莢も落ちていない。

これは拳銃を一切使っていないと言うのがわかる。

死体を見ても一目瞭然だ。これは拳銃で撃たれた後ではなく、とんでもない力で引き裂かれた傷痕だ。」

そう言い死体の一つを松葉杖で突いた。

つついた死体を見て、満時はある事に気がついた。

「…喰われた形跡があるな……」

それを聞いて鑑識や警官達が一旦動きを止めた。

「この死体に歯形がある…骨を噛み砕かれ肉を喰われた証拠だ…」

思わず警官達は嫌な顔をした。刑事は唾を飲みこむ。

「では…これはヤクザの…人間の仕業ではないと…?」

「そうだ。これの仕業の犯人を捕まえるのはあんたらじゃ無理だろう。

この事件の犯人をどうこうするのは私達の仕事になりそうだ」

そう言い満時はその場を後にした。


車に乗り込むと満時は部下に聞いた。

「須田よ、ここ一帯は何処のシマだ。」

「橋本組のシマでさ。お嬢の言った通りでしたな、奴らが動き出した件は。」

「さよう、私の可愛い娘の言った通りだ!やっぱり動いたか!」

須田はちょっと苦笑いをしたが、真剣な眼差しを満時に向ける。

「先に仕掛けてきましたの。うちの組の下っ端の下っ端の下っ端を見せしめにする事で。」

「まぁ、実際うちの組の系列だと思ってなかったかもしれんが、やはり魔物は魔物。

人間を食い漁る事で喜びを感じておる。これは征伐せねばいかんな。」

須田は頷く。

「では…仕掛けられたと言う事で、こちらからも仕掛けますか…?」

「あぁ、準備が出来次第、な」

そう言い終わると満時は車を走らせるように言った。

走る車の中で満時は遠くの景色を見ながら独り言をつぶやく。

「…私の妻や私の右足だけでは足りなかったのか…?あの狂犬…メリッサめ…!

あの時の借りを…今回返してやるぞ…!」


ついに動き出した二つの組織。

橋本組の所属する組織の求める『ロード』とは一体何か。

またその『ロード』を集めることだけ指示した『ゴッドマザー』とはいったい何者か。

そして鷹森組の満時は橋本組の、正体不明のメリッサとどんな因縁があるのか。

様々な事柄を孕みつつ、物語は動き始める。


続く


作:ドュラハン