そこはこの世とは思えない空間―――
黒と紫の霧か雲のようなものがそこを埋め尽くし、邪気が満ち溢れていた。
そうこの空間は「影の組織」と呼ばれる集団の根城である。
今この空間には南陽子の暗男、東城静一の小闇、フィンスター・アーベント、
そして、その3人をまとめる力を持つであろう謎の人物が居た。
彼らは空間のある一部を取り囲む様に空間そのものに座っていた。

「どうやら始まった様だな。」

謎の人物が口を開く。
すると彼らに囲まれている空間が歪み、映像が映し出される。
その映像は今まさに始まった闘いを映し出していた。
そこに映っているのは、巫女の服を着た梓とと化した董子の闘いだ。
その闘いはこの前の貨物船での闘いとは比べ物にならないほど激しく、
小細工なしの真っ向勝負であり、互いにお互いの返り血を浴びながらの闘いである。
まさに「死闘」であり、壮絶な闘いであった。
いや、壮絶な闘いだと感じるのは、それを見ていた内の二人の感想と言える。
つまりその闘いは自分たちの力を遥かに凌ぐ闘いであり、見ていて壮絶だと感じてしまうほどの闘いなのだ。

「ヒヒヒ!すげぇ…!」

暗男が冷や汗をかきながら一言漏らす。
それにつられ小闇も唾を飲み込む。

「これほどの連中だとは…静一さんと私の力ではまだ…」

暗男は首を振る。

「チゲぇ…こいつら相当強くなってやがる…俺は奴らとやってるからよくわかる」

その一言にフィンスターも頷く。

「どうやら『ロード』としての力に二人とも目覚め始めた、と言う事だな」

謎の人物が静かにほくそ笑む。

「『ヒューマンロード』と『ビーストロード』…なかなか楽しませてくれるではないか。」

そして笑い声を漏らす。

「この二人が戦う事でどちらか片方が死ぬ。それが我らに吉と出るか凶と出るか…
 ある意味博打のようだが…どうなるか楽しみでならない…!」

そう言い二人の闘いを見守る4人。
すると暗男が真顔で口を開く。

「オィオィ…俺の勘違いでなければ…」

小闇は闘いを見ながら暗男に返す。

「勘違いではないわ…私もそう感じるもん…」

フィンスターも頷く。

「そうだな。彼女達の闘いからは殺気と狂気、邪気などが感じられん。」

フィンスターはその言葉を言い終わると謎の人物の方へと視線を移す。
暗男も小闇も、謎の人物の言葉が聞きたいようだ。
最後の人物は微笑みながら軽く頬杖をつきながら言う。

「確かに…闘いとしては不十分な闘いだ。闘いとは気をどう使うかだと私は思う。」

しかし謎の男は、その頬杖を止め、腕を前に組みながら真剣な表情で言う。

「そうだな…しいて言うなら…純粋な子供同士の喧嘩の様な…清々しさが伝わってくる闘いだ…!」


市に虎を放つ如し

第二十一話 ありがとう…



 董子の巨大な爪は梓の巫女服と共に彼女の皮膚を切り裂く。
逆に梓の「鷹守宗孝」が董子の橙色の毛に覆われた体を赤く染めていく。
至近距離での斬り合い、切り裂き合いを二人は行っていた。
まるでボクサーのインファイト戦。
防ごうとはせず、相手が倒れるまで殴り合う様によく似ていた。
董子は左腕を振り上げ梓を叩き潰そうとするが、梓はその腕に一太刀を加える。
が、董子のその腕自体囮であり、一太刀加えた瞬間の梓に鋭利な牙が生えた口で噛みつこうとした。
その事に気がついた梓は踵を返し刀を縦に持ち董子の口の中へ自ら腕を突っ込んだ。
董子もその梓の行動の意味に気がつき汗をふきだす。
このままでは噛みついた衝撃で刀が上あごを突き破り、頭部に突き刺さると判断した。
董子は右腕で物を払うかのように梓の体を払いのける。
梓の体を横から払いのけた事で間一髪、刀は董子の上唇を外側に貫通するだけだった。
腕一本捨てる覚悟の梓の攻撃であったが、董子が払いのけたお陰で袖を噛まれただけで済んだ。
梓は腕を動かすが袖が噛まれていて動かすに動かせない。
すると董子は軽く口を開け、梓の袖を放す。
梓は軽く安堵の息をつくと董子の上唇から刀を優しく引き抜く。
引き抜いた、引き抜かれたと同時に二人は一斉に距離を開ける。
董子は梓に軽く微笑みかける。
梓もそれに答えて微笑む。

「ありがとあずさ、刺さったの抜いてくれて」
「いやいや、だって刀抜かないと戦えないじゃないの」

董子は笑いながら息を漏らす。

「手首を動かすだけで私の目に突きさせたじゃないか。思いつかなかった?」
「そんな事言っちゃって!董子ちゃんだって私を払いのける時に爪をしまった状態で、
 私を労わって払いのけたじゃないの。わかってないとでも思ってる?」

その梓の一言を聞いて董子はばれてた?という表情をする。

「やっぱ気がついてたか、考えてる事がわかるなんて流石じゃないのあずさ。」
「何年董子ちゃんの親友やってると思ってるのさ。大親友の私だもん。わかってるよ!」
「ってまだ1年ぐらいしか経ってないよあずさ。」
「ありゃ、そうだっけ!」

そう言い二人で笑い合う。
会話だけなら親友同士の他愛ない会話であるが二人は満身創痍。
梓の着ている巫女服ももうボロボロであったし、
董子の橙色と黒色の虎の毛に赤が加わり新たな模様を描いていた。
二人は同時にため息をつく。そして同時に目と目を合わせた。

「さて…そろそろ再開するか」
「そだね、良い休憩になったよ」

その言葉を聞き董子は両口角を持ち上げ牙をむき出しにする。

「そろそろ…本気で行かしてもらうよ!」

その言葉と共に董子の体から魔族特有の邪気と殺気が溢れ出し梓を包む。
その邪気と殺気を肌で感じた梓はもう一度深呼吸をする。
もうすぐ決着が着く…梓は感じていた。
零れそうな涙を抑えながら、梓は刀を構え直す。
そして再び二人は一斉に飛び出し斬り合い切り裂き合う。
梓が董子の左肩に一太刀入れると董子は梓の左肩に爪を深々と突きたてる。
董子が梓の左足に噛みつくと、梓は董子の下あごに左から深い一太刀を入れる。
互いに肉を切らせて骨を断つと言った戦い方であった。
顎を斬られた董子は梓の足を放し距離をあける。
梓は噛まれずに済んだ右足で距離をあける。

クハハハハ…!やるじゃないのあずさぁ!

董子は狂気に満ちたような目をしていた。
逆に梓は澄んだ目をしている。
そんな彼女の目から涙が零れる。

「董子ちゃん…次で決着…あたし…『電光一閃』を使うよ…」

董子は軽く舌舐めずりをする。

「私の渉さんの奥さん、メリッサさんを殺した技ね…」

梓は頷く。その頷いた様子を見て董子は目を見開き口を大きく開ける。

その技で私を殺せればねぇあずさああああああ!!

そう言い董子は梓に飛びかかる。
梓もそれに合わせて飛びかかった。
しかし、彼女の刀の構え方は「電光一閃」の構えではなかった。
刀の先を最初から相手に向け、そのまま突っ込んでいく。
避けられれば無防備な自分をさらけ出す、まさにそんな構えだ。
梓は涙をこぼしながらその状態で董子に突っ込んでいったのだ。

あたしに…董子ちゃんは殺せないよ…
だって董子ちゃんはあたしの大親友だもん…
あの桜の木の下で約束したもん…一生の親友だって…
だからこれで良い…これで良いの董子ちゃん…
あたしのこの攻撃をよけて…無防備なあたしに渾身の一撃を入れる…
それで決着…あたしが死んで…董子ちゃんが生き残ればいい…
あたしには…親友を殺すなんて事…絶対に出来ないもん!
たとえそれが…魔物だとしても… 董子ちゃんは董子ちゃんなんだから!

そんな梓をみて董子はニヤリと笑う。
梓は「その笑い、隙だらけだぜって笑いね。避けてね」と心で思っていた。
しかし笑みを浮かべた董子は突如目を閉じ安らかな顔をする。
すると彼女の体はの体から人間の体に戻っていた。
思わず梓は目を見開いて驚愕する。
が、刀を突き刺した感触が手に走る。
梓は自分の握っていた刀を見る。
刀は、人間の体に戻り裸の状態の董子の腹部に根元まで突き刺さっている。
董子の口から大量の血が溢れかえる。
梓はその事が理解できなかった。

何故董子は避けなかった?何故人間に戻った?何故私の刀が突き刺さってる?

等々、様々な疑問が彼女の頭を駆け巡る。
董子は混乱する梓に微笑み、梓を抱きしめる。

ありがとう…

その言葉を聞き梓は震えだす。

「董子ちゃん…どうして…」

董子は抱きしめた梓を少し放し、彼女の目を見て言った。

殺せる…わけ…無いでしょ…だってあずさは…一生の親友だもん…
「でも…でも何で…こんな!」

董子は虫の息になりながら純粋な笑顔で答えた。

私は魔物、あずさは退魔の剣士…これで…これで良いのよ…所詮私は…
 人間に…殺されるのが…運命なのよ…あずさが死んで…私が生き残るなんて…あり得ない


その言葉に対し梓は「ずるい」と一言漏らす。

「ずるいよ…私が必殺技を出すように…いかにも悪い魔物を演じるなんて…
 ずるいよ…死ぬのは私でも良かったのに…董子ちゃんが死ぬ事…無いのに…」

董子は首を振る。

あずさは生きなきゃ…あずさは…守るべき人を…これからも守ってあげなきゃ…
「でも…でも…!」
私は…魔物なのに…人間に愛され…人間の親友を持ち…その親友に殺された、
 悲劇の魔物役で良いの…私は十分生きた…死ぬ気で来た…悔いはないよ…


そんな董子に対して梓は涙を流しながら怒る。

約束したじゃないの!どっちかが生きるか死ぬかの死闘をするって!
 こんなの…真剣勝負じゃなくて出来レースじゃないの…それに…これじゃ…あたし…


梓は下を向いてしまう。董子は肩で息をしながら梓の心配をする。
震えながら梓は涙声で漏らす。

親友殺し』の汚名を被る事になっちゃうよ…

その言葉を聞き董子は梓の顔を上げる。そして梓の涙を指で拭う。

安心してあずさ…その汚名をあずさは被る事無いから…

どういう事か梓にはわからなかった。
董子は梓を強く抱きしめる。
そして耳元で囁く。

私はあずさに殺されるんじゃなく…自殺するんだから…

梓は意味がわからず驚いたまま硬直していた。
すると董子はそんな梓を振り回した。
振りまわされた梓は少し遠くへ投げられ尻もちをつく。
董子は腹部に突き刺さっていた刀を抜き梓に投げ返す。

董子ちゃん!いったいどういう事なの!?
あずさ!近寄っちゃ駄目!

そう言うと董子は膝を地面につき、腹部を押さえ嘔吐する。
だが、嘔吐されて出てきたのは消化物ではなかった。
内臓に溢れた血液と共に、血で染まった大きな謎の塊を何個か吐き出した。
梓は一体何かと思ったが、董子がその塊の一つを胸に握りしめる。
そしてその塊の一か所を押すとその塊から煙が上がった。
梓はその煙を見てわかった。

爆弾だ…!

董子ちゃん!!

梓は大声で董子に叫ぶ。
董子は梓に微笑む。

今までありがとう、さようなら!

梓は思った、一緒に死にたいと。
だがそう思った瞬間、梓の目の前で、爆発が起こる。
その爆発はこの前の焼石の技に比べれば威力は低いが、
人間の状態の董子を吹き飛ばすには十分すぎる威力であった。
何故なら董子は、跡形もなく木っ端みじんに吹き飛んでいたのだ。
梓は爆発の中心だった焦げた地面を見て茫然としていた。
爆風の衝撃により桜の花びらがたくさん舞い落ちてくる、まるで梓を慰めるように。
そんな桜と共に、何か布のような物が梓の方へヒラヒラと舞落ちて来た。
梓がそれに気が付きその布を掴む。
その布は、董子がいつもしていたヘアバンドであった。
それを手にした瞬間、梓は顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

董子ちゃぁああああああん!うぁあああああああああああ!!

一人の少女の泣き声が、桜の舞う公園に響き渡った。



「…意外な結果に終わった物だな」

別の空間からその闘いを見ていた影の組織の謎の人物が言う。
フィンスターは頷くが、暗男と小闇は先ほどの闘いに息も出来ない状態だった。

「ヒ…ヒヒッ…確かにあんな結果になるとはな…」
「え…えぇ…」

謎の人物が腰を上げる。

「まぁ、重要なのはこれからだろう。『ヒューマンロード』がどう動くか、だな」

他の三人が頷く。謎の人物は話を続ける。

「『ビーストロード』が所属してた『ロード』のグループと彼女が上手い事争ってくれれば、
 我々の野望に近づくと言うわけだ。よって彼女はこのまま様子見で良いだろう。」

すこし間をおくと謎の人物は強調して言う。

「他のロードを探せ!そして仲間に引き入れるか無理なら殺せ!奴らにロードを渡すわけにはいかん!」

三人は彼の言葉で士気が上がる。
暗男も小闇も、そしてフィンスターも真剣な顔をしている。
だが彼らの中には、野望を達成しようと言う熱意がこもる。
最後に謎の人物が3人に言う。

良いか、最終的にこの『ロード』の闘いを勝ち抜くのは我ら『ナイト・オブ・ダークネス』だ!
 そのためには手段を選ばん!良いな!


それに対して三人は声を合わせて言う。

「もちろんですダークロード

続く


作:ドュラハン