市に虎を放つ如し



第二十五話 不動な二人


「殺されちまったな、渉…」


酒を飲みながら焼石が口を開く。

「うん…寂しくなっちゃうね…組長会も…」

そう言い茶髪の男が酒をあおる。
彼は組長会のメンバー、渡辺組の渡辺翔吾である。
酒場のテーブル席に向かい合わせで腰掛け、焼石と翔吾は飲んでいた。
テーブルの上にはおつまみやロック用の氷から、ウィスキーや各種酒のボトルが並んでいる。

「それはそうと僕とお酒飲んでて大丈夫なの?会社は」

翔吾がグラスの氷を眺めながら尋ねた。

「俺だって自棄酒したい気分になるんだよ」

そういうと焼石はコップに酒を注ぎ足す。
酒がこぼれそうなほど注ぐと、焼石はそのコップの上部で指を鳴らす。
するとコップに小さな火が灯る。
酒のアルコールでともるその火を寂しそうに眺める焼石。
そのコップを手に取り酒を一気に喉に流し込む。
眉をしかめ目をつぶり、その味をかみ締める。
そして顔を綻ばせ息をつく。

「うめぇなぁ…」

その焼石の様子をみて軽く微笑む翔吾。
翔吾はテーブルの上においてあったスピリタスのボトルをあけ、ラッパ飲みをする。
童顔の男がスピリタスをラッパ飲みするその様子は、ある種滑稽であった。
それを翔吾自身狙ってか、酒が喉を通るたびに軽快な音を鳴らす。

「おいおい、大丈夫か?」
「ぷっはぁー!」

スピリタスのボトルを空にする翔吾。
飲んだ事を自慢するよう得意げに空のボトルを力強くテーブルに置く。
しかしその表情は落ち着いており、少し眉をしかめている。

「焼石くんは…本当に鷹森組が渉君を殺したと思うかい?」

その質問をされ焼石の眉がピクリと動く。
だが、首を横に振る。

「鷹森組がやったとは俺は思えないね」
「その根拠は?」
「根拠…ねぇ」

焼石は微笑しなが呆れたように両手を軽く上げる。

「どっかのボケナスが仕組んだって事ぐらい冷静になればわかるさ」
「ふふん、確かにね」

翔吾も微笑み頷く。
焼石はコップに氷を入れ酒を注ぎマドラーでかき混ぜる。

「第一に鷹森組が渉を手にかけるとは思えねぇ。そもそも両者は縄張り争いも何も無かった」
「あったのはメリッサちゃんが鷹森組の組長の奥さんの仇だったという事…」

焼石はロック割りを呑みながら指でその通りと示す。

「そうだ、両組が戦う理由はそこだけ。その問題も結局メリッサの死で決着した」

焼石はその一言を言い終わるとロック割りを一気に飲む。
飲み込んだと直後に強く言う。

「だからこそ、渉を殺す理由なんて鷹森組には無い!」

翔吾は静かに頷く。

「渉くんの殺害現場に鷹森組の銃が放置されてたのは可笑しいよね。
 まるで『うちの組が殺しました!』ってアピールしてるようだし」

そしておつまみのクルミを手に持ち手のひらの上で転がす。

「明らかに何者かが仕組んだ事だよね。鷹森組が渉を殺したように見せるための罠。
 つまりこの前の抗争同様今回も何者かの手のひらで踊らされてるんだ。
 まるでこのクルミのようにコロコロ、コロコロとね」

そう言うと翔吾はクルミを握りつぶす。
翔吾は握った拳を反対に返し、手を開く。
すると手のひらから粉となったクルミがテーブルの上に降り注ぐ。

「結果もこのクルミと一緒。最終的に潰される。明らかにどちらかを潰す事が目的だよ」
「そんなのはわかりきった事だ」

焼石の薄情な返事に翔吾はすこしムッとする。

「なら何故、橋本組を止めないの?」

翔吾はそう言いながら周りを見渡す。
彼らの座っている席の周りのテーブル席やバーカウンターでは橋本組が集まっている。
武器を整備している者や、牙をむき出し半分魔物に変貌している者など全員が殺意をむき出しにしている。
そのほとんどの者が「鷹森組を潰せ」や「鷹森梓を殺せ」などと口にしていた。
そんな彼らを見てから翔吾は焼石に視線を戻す。

「彼ら鷹森組と全面戦争する気満々だよ。組長の渉君を殺したのは鷹森組じゃないのに。
 これじゃ踊らせようと思っている連中の思う壺だよ、勝てるわけ無いもん鷹森組に」
「わかってるさ」
「だからー!何で止めないのさ、渉君の居ない橋本組はもう関係ないってことなのー?」

焼石は首を振る。

「止めないわけが無い、だが止まらんさ。メリッサが鷹森組に殺されたのは事実だ。
 だから渉が死んだのも鷹森組のせいにしたいんだよ橋本組は」
「そういえば董子ちゃんも『ヒューマンロード』の梓ちゃんに殺されちゃったんだっけ…」
「ま…まぁそうだ。結局のところ、橋本組は鷹森組を潰すまで収まらんのさ。たとえ自分達が潰れるって言っても」

翔吾はため息をついて少し寂しそうに下を向く。
焼石は再び酒をコップに注ぐ。
が、注いでいる酒がコップからずれ始める。
というのもコップが、いや、そのコップの置いてあるテーブル自体が小刻みに震えている。
それと同時に焼石の持っている酒瓶、焼石自身も震えていた。
焼石を含む震えていた物はだんだん大きく揺れ始める。
地震かと思えるような状況であったが、翔吾だけは揺れていない。
むしろ揺れているのは翔吾の周りの物だけであった。
翔吾がゆっくりと顔を上げると、すぐ近くにおいてあったスピリタスの瓶に亀裂が入った。
焼石は瞬間全身に冷や汗をかき顔色が青ざめる。
そんな事は気にも留めずに翔吾は焼石に静かに言った。

「橋本組の代わりに僕が鷹森組を潰しに行こうか?」

その言葉と共に焼石の身体を何かが強く打ち付ける。
その何かを受け焼石の顔に流れていた冷や汗が吹き飛ぶほどであった。

「向こうが総動員してくれれば皆殺しで決着だよ?」
「やめるんだ翔吾!!」

焼石のその声は強く言おうとしたものの恐怖から震えてしまった、そんな弱弱しい声であった。
その言葉を聞き翔吾は軽く息をつき、落ち着きを見せる。
するとそれにあわせて揺れが収まった。
焼石は深く安堵の息を吐き額の汗を拭う。

「翔吾…お前は下手に動かないほうが良いんだ…」
「えー?なんでー?」

翔吾はまるで子供のように焼石に問う。

「お前は『ロード』の中で『最強』の存在だ…下手に動くわけには行かないんだ」
「なんで動いたらダメなの?『最強』だからこそ皆を助けるために動くんじゃんか!」
「さっきお前自身が言ってた『クルミ』と一緒だ、『最強』であるお前が手の平で踊らされちゃ駄目なんだ」

翔吾は少し腑に落ちない表情をしていた。

「僕は例え手の平で踊らされてたとしても、『クルミ』では無く『毬栗』だと思うよ。
 転がしてた側に何かしら痛手を負わせれると思うしねー!うふふふふー!」

翔吾は自分で「上手い事言ったかも!」と笑いを堪えるように口を押さえる。

「とにかく、あんたは言わば『組長会最後の砦』なんだ。動かぬこと山の如しって奴だ。
 下手に動いて事を仕組んでる連中に良い思いをさせるわけには行かないんだ…!」
「うーん…まぁ、わかったよ焼石くん。僕は今のところは様子見しておくよ。」

それを聞いて焼石は微笑み、酒のこぼれたテーブルを拭く。

「ちなみに焼石くん、他のみんなとはなんか話したの?」

焼石は真顔になる。

「…一応兄貴…あ、兄貴ってのは谷口な?」
「知ってるよその事はー。んで、谷口さんには話したの?」
「あぁ、話したよ。兄貴は前線には出ないタイプだから手出ししない事には納得したよ」
「そうだねーそれに谷口さんはヤクザじゃなくて本職は『病院』だからねー。
 むしろ『患者が増えるから戦わせておけば』って事かもねー!」

焼石は笑い、先ほど注いだ酒を飲む。
飲み干すと焼石はコップを置き口を開く。

「…北条院の馬鹿とは連絡が取れなかった」
「…ヤバイかもね…」

翔吾は不安そうな表情を浮かべる。

「あのボケナス…渉を殺したのが鷹森組だって思い込んでるんだろうな…感情で動く奴だから…
 …鷹森組に対し何かやらかすはずだ…アイツはなんだかんだで渉を気に入ってたからな」
「『喧嘩をするほど仲が良い』って奴だったもんねー」
「何もしないでいてくれりゃいいんだが…」

そう言い焼石は煙草に火をつけ深く吸い、ため息を付くように深く煙をはきだした。



―その翌日、組長夫妻亡き後の橋本組構成員達大多数は鷹森組に決死の襲撃を仕掛ける物のことごとく返り討ちにあい全滅。
構成員の殆どが死んだ事により橋本組は組織としての形を成さなくなりここに終焉を迎える事となった。
この「橋本組が鷹森組に潰された」という事実は渉死去の報せ同様各組織をまわった。
しかし、組織に属していてもその事を全く知らない人物が一人居た。

それは―鷹森梓であった。

梓はあの南陽子の引き起こした事件から未だに立ち直れていなかった。
食事にも手が付かず、部屋の隅でただ縮こまっているだけだった。
昼だというのに襖もすべて閉め切られ、光が入らず彼女の気分のように暗かった。
前は元気に滑車を回していたハムスターの公太郎も元気をなくし丸まっている。

「あずさ、入るぞ」

そう言い父、満時が襖を開け部屋へ入ってくる。
父が入ってきても梓は全く反応せず、膝を抱えて縮こまっている。

「ごはん、食べてないのか…食べなきゃメッ!だぞ?」

満時は小さな子供をしかるように言う。それでも梓は反応を見せない。

「無視されるととうちゃん寂しいよ〜あずさ〜昔は一緒にお風呂とか入ってた仲じゃないか〜!」
「…出てって……」

その一言で満時はショックを受け片足が不自由とは思えないほどのスピードで梓の近くに滑り込む。

「あずさ〜〜〜そんな事いわないでよ〜〜〜〜!!とうちゃん泣いちゃう!」

そういい梓を抱きしめる満時。その瞬間満時は違和感を覚える。
母親譲りの梓のクリーム色の髪の毛は汗によってべた付いていた。
それに加え抱きしめた梓の体が前に抱きしめた時と明らか感触が違った。
港での董子との戦いの際に抱いた時は女の子らしい柔らかさがあった。
しかし今抱きしめた梓からはそのやわらかい感触がせず、むしろ骨ばった感触であった。
書くと黒星さんに怒られてしまいそうだが、梓から異臭が鼻についた。
その臭いは何週間も身体を洗っていないとすぐにわかる臭いだった。

「梓…ご飯も食べてなければお風呂にも入ってないのか…?」

梓は無言のままであった。目には光が無く空ろで満時の声も聞こえてないようだった。
満時はすぐに梓がショックから精神的に病んで来てしまっている事に気が付く。

「誰か!すぐ来てくれ!」

満時が部屋の外に呼びかけると、開いた襖がさらに横にスライドし、幹部の3人が姿を見せる。

「お呼びですか組長!!」

藤浦、須田、柿村の三人が声を合わせて答える。

「お前達さては聞き耳立ててたな?」
「聞いてないっす聞いてないっす」

三人は首と手を横に振りそれを否定する。

「まぁ良い、今はそれどころではない!
 藤浦、お前は湯を沸かしてたらいと手拭を持ってきてくれ!あずさを綺麗にしてやらねば!
 須田、お前はしとみを呼んでくれ!親であってもあずさももう年頃、男が綺麗にしてやるわけにもいかん!
 柿村は楸先生を連れてきてくれ!あずさを診てもらわなければならん…!」

藤浦と柿村は須田の顔を見る。須田は二人の顔を交互に見る。
すると藤浦が満時に言う。

「組長、須田の仕事が一番楽ではないでしょうか?たらいにお湯を張ってタオルと持ってくるの大変ですよ?」
「救急車を呼ぶんではなく楸先生に往診を願うんすね…先日の抗争の事を考えると私は護衛すか…?」

柿村も藤浦に続けて少し不満そうに言った。
そして口をそろえて言う。

「どー考えても須田が一番楽な仕事じゃないですか!お嬢は邸内に居るんですから!」
「それなら須田はしとみに声をかけるついでに藤浦を手伝ってくれ!」

それを聞き須田は少し困りながら言う。

「いやー私はしとみさんに声をかけずに直で藤浦を手伝いますよ」
「どうしてだ?」

須田はためらいつつも恥ずかしそうに言う。

「先ほどの組長の言動から察するに…娘の成長を知っておきたいって気持ちもあるんじゃないかなぁ〜と…
 だからしとみさんには声をかけず…組長自らがお嬢を清めて差し上げたらどうっすか…?」

その一言を聞き満時は杖に仕込んでいた刀を抜く。
それを見た瞬間三人は「仰せのままに!」と掛け声をかけ、颯爽と仕事に取り掛かる。
満時は軽く息をつき刀をしまい、梓に視線を戻す。

「成長…か……一人でこんなになるまで溜め込んでしまうのも…成長の証なのかもしれんな…」

そういうと満時は梓の頭を優しくなでる。

「さぁあずさ、姉さんが綺麗にしてくれるからな、こんな部屋の隅に座ってないで布団に横になろう、な!」

そうは言ったものの、梓は全く動こうとしない。満時はため息を付き梓を抱えて持ち上げる。
満時は梓を持ち上げた瞬間、その重量に目を丸くした。何故ならあまりにも軽すぎたからだ。
満時はすぐさま梓を布団に横にし梓のパジャマのボタンに手をかける。
梓のパジャマのボタンをはずし前を大きく開くと女物の肌着が姿を見せる。
満時はその肌着を梓の胸の上までめくり上げ、梓の腹部から胸部にかけてが露となる。
その梓の身体を見た満時は驚嘆のあまり頭の中が真っ白になってしまった。
梓の身体は何日も食事を取っていないためまるで苦行中の釈迦のような骨と皮だけの姿になっていた。
女性らしさを象徴するはずの乳房も極度の栄養飢餓のために脂肪をエネルギーに使ったのか小さくなっていた。
満時は白昼夢を見ているような状態で梓のパジャマを元に戻しおぼつかない足取りで部屋を出る。
部屋を出た瞬間、満時は膝を突き両手で顔面を覆い涙を流した。

「スマナイ…あずさ…!スマナイ…!」

それから数分後、藤浦と須田と共にしとみが駆けつけ、梓の状態を知る事となる。
それに伴い柿村にすぐに連絡が飛び、楸先生には医療器具を持ってきてもらうほどになった。
梓は自宅の自分の部屋で、点滴による治療と流動食、さらには精神安定剤の投与による治療をすることとなった。
数週間前まで元気にしていた梓からは考えられない事であった。

「楸先生…わざわざ申し訳ありませんでした…」

満時は客室で旧姓「楸」縁先生に深く頭を垂れた。

「いえ、医者は患者のためならそこへ出向くのが常ですから」
「それで…あずさの様子は・・・?」
「今は眠っています。精神安定剤で落ち着きましたね」

そう言い縁は微笑んだ。そこにしとみがお茶を運び持て成した。

「どうぞお義母さん」
「ありがとうしとみさん」

心の中で満時は『まだ縁さんの息子にしとみをあげたわけじゃないどーーー!』と思っていたが言わなかった。
縁はゆっくりとお茶を啜りその味を嗜んでいた。
そして軽く息を吐き、満時を見て口を開いた。

「本当は病院に入院させてあげた方が良いんですけど…今は大変なんですよね…?」
「あぁ…梓は知らぬが…橋本組が各拠点に攻め入りましてな…
 前もって襲撃に備えていたので返り討ちにして壊滅させれたのですが…
 …もしかすると残党が梓を狙っているかも知れんからな、ここが安全というわけです」
「なるほど…」

満時も茶を飲み悲しそうな表情をする。

「しかし惜しい事をしました…渉はあずさが言うには…人間が良く出来た男だったそうだ…
 彼の組の構成員の殆どが魔物だったようだが、今まで彼の組が動いたのはこの前の『鳩山組事件』の時だけ…
 いや、あれも本当は仕組まれていたのかも知れんが…
 ようするに彼が居た橋本組は何も事件を起こしたことが無かった。組員の制御装置のようなもんだったんでしょう…
 それなのに彼は死んでしまった上に『うちのもんに殺された』というデマが流れたせいでこの有様…」

縁もしとみも、満時の言葉を静かに聞いていた。

「あずさの友達の董子ちゃんの事もあります…渉が居れば構成員達も魔物という正体を晒さずにすんだのかもと…
 退魔師である我々に気が付かれなかったのでは?とも思うようになってしまいましたね…
 むしろ我々が潰すべき敵は橋本組ではなかった…その上に君臨する組織だったのではとも思ってしまいますね」

その言葉を聞きしとみが口を開く。

「お父様が魔物を庇うような発言をするのは珍しいですね。やはり董子ちゃんの件がまだ…?」
「それもある…董子ちゃんの話はあずさに良く聞いていたし、とても仲良いことも知っていた…
 そんな仲良かった子が魔物だった…その親友を殺すという事はあの子には荷が重すぎた…
 あずさはまだ19歳の女の子…こうなる前にもうすこし労わってやるべきだった…」

そう言い満時は茶を飲み干す。飲み干すと共に真剣な眼差しになる。

「しかし、だからといって退魔の仕事を止めさせるわけにはいかない…あずさは私達の中で一番腕が立つ…
 今回の件から立ち直って姉のしとみから付け継いだ退魔師としての責務を全うしてもらいたいものだ…」
「今回の件…私も反省しています…」

申し訳なさそうにしとみが言葉を漏らす。

「私が怪我を負い退魔の任をあずさに譲っていなければ今回のような事にはならなかったでしょう…
 私はこの退魔の任がどんなものか…辛さなどすべて理解しています…しかしあずさは今回初めてそれを知った…
 もっとしっかり教えておいてあげればよかった…どれだけこの任が重くて辛いのかを…」
「しとみ…お前が気に病む事ではない…もしかすると運命で決まっていたのかも知れん」
「と言いますと?」
「焼石があずさの事を『ロード』と呼んだ…何の事かはわからぬが…あずさを特別な呼び方をした…
 もしかするとその『ロード』と言う物が関係してるのではないだろうか…」

しとみは唇に手を当て考え込む。縁も初めて聞いたと言う表情を浮かべている。
満時は腕を軽く組みなおして明るい表情になる。

「まぁ、あずさも縁先生のお陰でゆっくり眠っているようだし、回復してくれるのを願うばかりだ。
 それにロードの件も篠崎が調べてくれている。今は待とう、私達のあずさが元気になるのを」

すると襖を開け須田が頭を低くして入ってくる。

「失礼しやす親父…篠崎についてなんですが…」
「おうどうした?早速何か情報を掴んだのか?」

満時の期待の眼差しに反して、須田は眉を細めている。

「篠崎と・・・連絡が取れません・・・」

その一言で満時は表情を変える。

「他の幹部達に連絡を入れて安否を確認しろ。それと同時に各組員に篠崎を見たか確認をとれ」
「御意…仰せのままに」

須田はお辞儀をし襖を閉める。満時は考え事をしているのか固まったまま動かない。
しとみが不安そうに満時に問う。

「まさか…橋本組の者に…?」
「わからん…しかし篠崎は若いがなかなかに腕の立つ男…心配はいらんと思うが…」

満時はそういうと黙りこんでしまった。

時を同じくして場面は変わり、ここは梓の寝室。
梓は医療用のチューブを沢山身体につけられており、まるで植物人間のようになっていた。
そんな状態の梓であったが今は寝息を立てて久々に睡眠をとっているのであった。
しかし梓の脳内には未だに南陽子の幻影がまとわり付いていた。
睡眠をとっても全く脳から離れる気配が無く夢にも現れるほどであった。
夢の中の南陽子も梓に向って言う。

知られたくないのよ…!誰が獅子土さんを殺したかって事を…鷹森梓が獅子土董子を殺したって事が!!
いつまで…いつまであたしにまとわり付くの…!?もう…やめてよ…

夢の中で梓は南陽子に泣きながら哀願していた。

やめて…あたしが悪いのはわかってる…だから許して…
ヒャッハッハッハハハハハハ!!めちゃくちゃおもしれぇ!!

そんな梓を見て暗男が周りで甲高い笑い声を上げている。

笑わないでよ…仕方なかった…違う…殺すつもりなんて無かったのよ…!
ちがわねぇだろこの人殺しがぁ!!

今度は健太郎の幻影が姿を現す。さらにはその後ろには董子の姿もあった。

私はあずさに殺されたんだよね!

前に見た夢のときと同様に董子の身体は崩れる。
その董子を見た健太郎が叫ぶ。

董子!貴様ぁ!よくも俺の董子をぉおぉおおお!

健太郎は梓に殴りかかる。梓の手にはいつの間にか鷹守宗孝が握られている。
反射的に梓は体が勝手に動き健太郎に峰打ちをしていた。
その状況はまさに、梓が渉に峰打ちをした時と同じであった。

おい…梓…お前…俺を殺そうとしたのか…!?この人殺しがぁ!!

幻影達は梓を取り囲み梓を苦しめる言葉を梓に向ける。
梓は頭を抑える。

もう・・・やだ・・・苦しい・・・死にたい・・・!

手には先ほど健太郎を峰打ちにした鷹守宗孝が握られている。梓は鷹守宗孝の剣先を自分の喉へとあてがう。

お父さん・・・おねえちゃん・・・退魔の掟をやぶって・・・人を殺します・・・
 ころすのは・・・あたしじしんだから・・・いいいよね・・・?


梓はそういうと鷹守宗孝を喉に突き刺した。

瞬間、現実世界のチューブに繋がれた梓の体がビクンと動く。 だがそれからピクリとも動かなかった。



あたし、死んだのかな?夢の中で喉に自分の刀を刺したけど…その夢の続きが花畑ってやっぱり…



あたしは先ほどの苦しい夢とは打って変わって今は見渡す限りの花畑に居た。
服装はパジャマだからたぶん間違いないかも。お姉ちゃんが着付けてくれたパジャマだ。
死んだらやっぱりその時着てた服であの世に行くのかな?あとで納棺師さんが着物を着せてくれると思うけど。
それにしてもこの花畑、近くに小川があるのかな?とても心地よい水の音が聞こえてくるよ。
…あー…実は三途の川なのかな?でももう渡ったってことだよね、たぶんあの世だし此処って…
あの世だとしてもなんて良いところだろう!空は青いし空気は美味しいし、花の香りも凄い良い!
たしかにあの世がこんなに綺麗なところだって知ったら、確かに自殺者が増えるわけよね。
なんかさっきまでの苦しい夢が嘘のよう!あのムカツク南陽子の事もいまじゃ清清しい気分!
いやーでもあの世って閻魔様による裁判みたいのがあるんじゃなかろうか…
南陽子にも健太郎君にも人殺しって言われちゃってるから判決はとんでもない内容かもしれないけど。
あーそれなら今のうちにこの花畑で一眠りしたいなぁ…この数日は本当に苦しかったもん…
裁判受ける前にここで一休みしてもそのことでは閻魔様に怒られないだろうしねー

梓は気持ちよさそうに目を閉じ花の上に寝転んだ。
耳元で虫か何かの羽音がしているがその羽音も心地良いものであった。
寝転んだまま梓は目を開け空を眺める。

「綺麗な空だなぁ…ここがあの世なら…董子ちゃんもどこかで眺めてる空なのかなー?」

梓はそうこぼすとうとうとして目をまた閉じる。刹那、すぐ後ろから聞きなれた声が答えた。

「確かに綺麗な空だよなぁー此処も…でも戦ったあの日の空も負けず劣らず良い天気だったぞ?」

梓は思わず目を開け身体を起こし声のほうを見る。

「と…董子ちゃん…!?」

そこには董子が腰掛空を眺めていた。董子はあずさを見て微笑んだ。


続く

作:ドュラハン